Episode59.

 ぐっとまっすぐ、クロロさんを見た。
 真黒いふたつの目は、変わらずにわたしを見てた。
 そして、
「幻影旅団を利用するか」
「……はい」
 幻影旅団。
 きっと、この世界でとても強い人たち。
 きっと、この世界でとても怖い人たち。
 その人たちの団長さんを、こんな、わたしのわがままで『利用』させてほしいって。そういうことを、わたしは云っている。
「見返りは?」
「ありません」
 せいぜい、これから先、わたしのことで時間を使わなくていいようになるくらい。
 そう云おうとしたのを、クロロさん、先読みしたみたい。
「またそれか」
 とつぶやいて、小さく顎をひく。
「他には何も出せません」
「いや」
 もし、それでも。
 何かを差し出せって云われたら。
 わたしが持っているものは、もう、わたしの、

「あるだろう?」
 クロロさんは云う。
「おまえの」
「命」、そう。それしかない。「ですか」

 だけどそれは、差し出せない。
 死んだら帰れない。
 この世界から消去されることと、この世界で死ぬことは、似てるようでちがう。
 ――もし、そうしろってクロロさんが云うなら。
 わたしは――がんばる。
 ――もし、そうさせるために、クロロさんがわたしに力を向けるなら。
 わたしは――がんばる。
 生きるために、がんばって、クロロさんを、押し返す。
 そしてお魚を出してもらう。

 帰る。
 わたしはわたしのいたとこに、絶対、ぜったいに帰るんだ。

 そう思ったわたしの考えに気がついたのか、クロロさんは、顔だけじゃなくて身体もわたしの方を向く。
「っ」
 真黒い風が、いままで以上に強く、わたしをびしばし打ってる感じ。
 でもきっと、これでもまだ、クロロさんはおさえがちにしてるんだと思う。どうしてかって云われると困るけど――なんとなく、そう感じる。
「毛を逆立てた猫だな」
 肩を軽く揺らして、クロロさんは云った。
「今ならまだ冗談で済むぞ」
「冗談じゃないです」
 帰るって気持ちは、何より先に叶えたいわたしの願いごと。
 だって、わたしは、

「お父さんとお母さんに、笑っていてほしいんだもの」

 ――泣いてほしくないの。
 笑っていてほしいの。

 わたしが、お姉さんに逢いたいなんて思ってさえいなかったら、きっと叶った願いごと。

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