Episode64.
腕からつくられたというわたしを、わたしは見なかった。それもわたしだから、わたしがわたしと逢うってことは、混乱してしまうからって云われて。でも聞いた話だと、そうしてつくられた(生まれた?)わたしは、起き上がったあとにやったことが、わたしとおんなじだったんだって。
わたしのときと同じように背中を向けてたクロロさんを見て、やっぱり声をかけられるまで待って。
それから、同じやりとりを繰り返して。
――そこからが、違う。
帰してやる、とクロロさんが云った。
帰して下さい、と、そのわたしは云った。
だからお魚を発動させて、そのわたしは呑み込まれ――
「ちなみにコピーが死んだ場合も本体に多大な影響が出るらしいな」
髪の毛ならまだしも、腕一本のつながりは強固だろうから、せいぜい無事でいるように祈ることだ。
「それを早く云ってください!」
「云ってどうなった」
「……どうもなりませんでしたけど」
こころがまえ、と、いうものが、あると思う。
ともあれ。
わたしが何事もなくこうしているっていうことは、お魚に呑まれたわたしは無事に向こうへ帰ったんだろうと思う。
あの道は見慣れた道だった。
出口があそこのままだったなら、少し先の角を曲がれば、わたしの家にすぐ着くはずだ。
どれだけ留守にしてたか判らないけど、わたしは、ちゃんと家に帰れるはず。
……ほんとうは
ちょっとだけ羨ましい。
あのわたしは、記憶が、腕がちぎれたところで、わたしと違うものになってる。
このわたしのことを知らずに、家に帰ってる。
……ちょっとだけ寂しい。
このわたしだけが知っている。
あのわたしは知らずに行った。
いつかあの世界に帰ったら、わたしが真っ先にすることを、あのわたしは知らない。
「ただいま」
と。
先に帰ったわたしに触れて、わたしが云えば、あのわたしはわたしでなくなるらしいんだ。
わたしだった一部、腕になって――たぶん、土くれになるんだろうって。クロロさんは云った。それも、腕からわたしを作った人に聞いたんだろうって思う。
――お父さんとお母さんにただいまを云えない代わりに、わたしはわたしにただいまを云うんだ。
遠い、遠い約束。
わたしがわたしにする約束。
それがどんなに遠くても。
わたしはまた、わたしに逢おう。
そのために、わたしはここで生きていく。
それが、おおよそ。――二年ほど前の、ある日に定めたわたしの約束。それは今も、続いてる。