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 ――びっくりした。
「どこの誰かは知らんが――夜の散策に付き合うのなら、姿を見せんというのはいささか失礼じゃないかね」
 急にきょろきょろしたかと思ったら、いきなりこの一言。
 彼の目は相変わらず前を見てたけど、そのことばは間違いなく、わたしに向けてのものだった。
 うっわあ。
 驚きのあと胸にわきおこったのは、感嘆。
 いまだかつて、この状態のわたしを見つけきれたひとはいない。
 それに、このひとは気がついたのだ。見えているふうじゃないけど、わたしがいることを感じとったのだ。もう、すごいの一言。
 あ、でも困った。
 失礼を謝ろうにも、今の状態じゃ声とか出せないぞ、わたし。
 なんておたおたしてるうちに、遠坂さんが、彼に「どうかした?」と問いかけた。
 すわバラされるかと思って身構えたものの、返答は「なんでもない」。
 むむ。
 それは嬉しいんだけど、意識してコンタクトしてるってことは、この男の人、遠坂さんの守護霊とかじゃないってことか。……まあ、こんな存在感満ち溢れる守護霊なんていたらちょっと怖い。
 となると、推測される結論は限定される。
 この男性に満ちる魔力、そして、遠坂さんとの会話。
 果たしてわたしの知っている概念をぶち壊しかねない気がするが、もしや、この人は魔術師云うところの使い魔に属する存在なのだろうか。すんごく規格外れな。
 ――ってことは……遠坂さんは、魔術師なんだ。
 そんなふうに認識を改めて見たおかげか、彼女の左腕に淡く輝く紋様が見えた。そして、身体を循環してる魔力の流れも。
 魔術師といえば、切嗣と士郎。
 家族以外の身近なところにそんな存在がいるなんて思ってもなかったから、こうして、直にお目にかかるのは初めてだ。
 しかも、それが同じ学園の有名人なんて。
 ……ん?
 そういえば、切嗣がいつか、自分たちはここの土地の管理者に黙って住んでるから目立たないようにね、とか云ってたような。そのとき、管理者の一族の名前も教えてもらったような――
「君」
 はっ、と思考を戻す。
 うわ、やばい。彼のことばに応えずに、何没頭してるんだ、わたしは。
 怒られるかと思ったものの、杞憂だったらしい。
 男性は、ククッ、と喉を鳴らして笑い、
「ああ、ことばが生み出せんというのなら気にするな。――君の感情の発露は、実に判りやすい」
 などと皮肉の混じった口調で仰った。
 そ……そりゃあ、わたしは今大源に溶けてるわけだし。
 その大源に意識して触れること出来る存在なら、そういうの伝わりやすいんだろうって判るけど。
 なんていうか、小馬鹿にされてる気がするのはなんでだろう。
 むくれたのが伝わったのか、また、彼は笑った。
 けど、すぐに表情を改める。
「ついてくるだけなら構わん――と云ってもいいが、やめておけ」
 なんでさ。
「私たちは、いささか物騒な物事に足を突っ込んでいてな。見れば判るだろうが魔術に関することだ。今の君の状態では、魔術戦が始まると同時に魔力として吸収されるぞ」
 それはさすがに困るだろう?
 なんて云われては。もう、ついてくわけにもいかない。
 今のわたしの致命的な弱味を、あっさり看破されてしまったのだ。
 大源に溶けるということは、大源になるということ。
 つまるとこ、もしこのへん一帯の大源を誰かが吸い上げようとしたら、当然、わたしも一緒くたに持っていかれるというわけだ。
 誰かに取り込まれたまま、自我は保てないだろう。結論として、わたしは死ぬってことになる。
 今までは、そういう物騒な気配もなかったから、結構気楽に散歩してたんだけど――
 けど。
 皮肉めいた口調と、幼子を諭すようなことばには、たしかに真実の響きがあった。

 ――…………

 考えるまでもない。
 ぺこり、と、お礼の気持ちだけを大源に乗せて、わたしは散歩をきりあげることにした。
 大源を辿って高速移動。さっきの電車じみた光景なんて目じゃない。
 あっという間に、わたしはわたしの身体の前にいた。
 わたしはぴくりとも動かない。その空櫃に満ちるは大源。
 そこに、わたしを溶かしていく。
 大源に溶けてたわたしという小源が、再び、わたしという空櫃に戻る。
 唇を動かす。
「――帰還」
 切り替えは完了。
 果てなく広がる感覚の代わりに、自分の肉体の感覚を手につかみ、わたしは目を開いた。



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 気配が離れていくのはすぐに判った。最後に、礼だというように頭を下げたのも、感覚としてとらえた。
 方向さえ判らぬまま、遠ざかる――否、消失した気配を見送って、アーチャーは凛の後をゆく。
 さて、それにしてもまこと、今のは何者か。
 およそこの身になってから、なる前から考えてみても初対面であったはずなのに。うっすらとした郷愁にも似たこの念は、いったいどこから生まれるのやら。
 もっとも、それ以前に。
 未だ自分にそんなものを感じる余分があったといのが、彼にとっては意外だったのではあるが。

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