- 貫こうと思えば、いつでも貫けたはずだ。 だけど、ランサーはそれをしなかった。 彼が何を思ってたたずんでたのかなんて、判らない。判らないけど、そんなのわたしたちが気にすることじゃない。 意識を、痛む肩から逸らす。立ち上がる。 駆け寄ってくる士郎のところに、歩みを進めた。攻撃の気配はない。本当に何を考えているのか。知る必要はないはずなのに、気にしてしまう。でも、そうしたところで、彼が何を思ってたたずんでたのかなんて判らない。 ――何にせよ、彼は、士郎が駆け寄ってくるまでの間動かなかった。 彼の技量であれば、揃ったわたしたちを一挙動にて貫くことは可能だろう。 けれど。 「バカ」 立ち上がる。 やってくる士郎と並び、だけどバカのほうは見てやらないでつぶやいた。 見据えるはランサー。神速の槍の遣い手。一瞬でも気を逸らすわけにはいかない、それは殺してくださいと云っているようなものだ。 「バカでいい」 ――家族を見捨てるくらいなら。 横から、それは伝わる。 ことばにしてない士郎の声。 回路は全開にして限界。 ランサーの放つ魔力に引きずられさえしなければいい、ただそれだけの話。危険と紙一重なのは承知、だけどそれくらいしないと紙一重の場所にさえ立てない。 生身で対峙するには、目の前の相手は異質すぎた。 「……やれやれ」 ランサーが肩をすくめる。 おどけたその仕草にも、隙なんて全然見当たらない。彼の周囲に渦巻く魔力は高密度、そして佇む姿は牙を研ぐ黒豹のよう。 ちらりと見上げた士郎の眼差しは、真っ直ぐにランサーへ。けど、そのことばに込められた彼の意志は、わたしの心を刺すほどに強く。 ――うん、そうだね。 わたしが、何が何でも士郎に逃げて欲しいと思うのなら、士郎は、何が何でもわたしに無事でいてほしいって思うような奴なんだから―― 「別れの挨拶は終わったか?」 気だるげに槍を携え、佇んでいた槍兵が、ぽつりとそう口にした。 今から人を殺そうというのに、なんともやる気のない様子。さっきの赤い騎士との戦いと比べれば、それは雲泥の差。 ――だが。 「じゃあな」 そんな状態でも、突き出される槍はまさに神速――! 風切り音が耳に届くより、槍が身に迫るほうが早い。 「っ!」 横薙ぎの一撃。士郎が、わたしを突き飛ばすようにして教室に転がり込む。誰かが施錠を忘れてたらしいドアは、そんなこと関係なくなるくらい豪快に吹っ飛んだ。 壁に次いでドアに体当たりする羽目になった肩は、ひどく痛む。だけど士郎に文句を云ってる暇はない。倒されたまま床を滑ったわたしを、体勢崩さずにすんだ士郎がひっつかむ。 火事場の馬鹿力ってやつか。いくらわたしが小柄なほうだつっても、人を抱えて教室の端まで逃げるなんて普通出来ない。 そして着地。 拍子に蹴倒した椅子に、士郎は手を添える。 「――同調開始――!」 制御も何も考えずに流し込まれた魔力が、椅子の脚を根元から折った。それをとり再び、 「同調開始」 今度は成功。普段からは信じられないほどスムーズに、士郎の手にした金属パイプ――椅子の脚だったもの――が魔力によって強度を増す。スポンジが鉄になるほどの快挙だが、それでもあの槍に通じるかといわれると不安が大きい。 パイプを構えた士郎が前に出た。睨みつけるのは、たった今転がり込んできた教室の入り口。 がこんっ、と、中途半端に外れたドアを蹴飛ばして入ってくるランサーの姿。 ――その一挙手一投足にさえ、周囲の大気が騒いでる。強大すぎる彼の魔力が内から零れ、大源を変質させているのだ。 それが幸い。 何しろ、その大源と魔力に中てられて、わたしの感覚はすでに全開に近い。引きずられることさえ阻止すれば、風読みによる先読みも可能。 もはや語ることばは要らぬというのか。 つい、とランサーの脚が動いた。槍を握る手のひらから腕にかけての周囲に存在する魔力が、同時に波立つ。 「右傾前進、右から左」 床を蹴るランサー、 「――なっ!?」 そして驚愕。 その動きを読んででもいたかのように、右から薙がれた槍を、士郎がパイプで防いだからだ。結果、パイプはぐにゃりと曲がり、ただの鉄塊と化す。まあ、あんなモノを一度でも流せただけで僥倖なのだろう。 「……未来視か、貴様ら」 距離をとり、ランサーがこちらを睨む。 「そんな大層なものじゃない」 応えて、槍を防いだ折の、片膝をついた不自然な体勢から士郎が立ち上がる。 そのきょうだいにだけ聞こえるように、わたしは、士郎の周囲を流れる大気にだけ囁きを乗せる。 「士郎……」 あのひと、速すぎる。 「ああ」、 と、士郎は小さく頷いた。 「判ってる。初動だけ伝えてくれれば、なんとかしてみる」 「……ん」 一度読んで判った。あのひとは発する魔力が桁外れな分、周囲の大気への影響が大きい。指一本動かすだけでも、ざわりと大きな波が立つ。それは、イコール、読み易さ。 だが、 「そうかそうか――なら、要らん情けは余計ってわけだ」 そのことばと同時に、背中が粟立った。 ククッ、と、小さく喉を鳴らして笑うランサーの双眸。それが、一瞬でもなんとかなるかと思ったわたしの心をたたっ切る。 こちらを見据えるそれは、先刻までの、ただ逃げ回る獲物を追う目ではない。抵抗し、戦闘し、その果てに屈させる相手を認めた戦士の目。 ――――殺される。 動きを読んでも対応が間に合わない。 ――――殺される。 衛宮と衛宮士郎は、このままここで殺される。 「気乗りしないのには変わりねえんだ。さっさとすまそうぜ――お互いな!!」 「――っ、前――」 「!」 大気を揺らして槍兵が迫る。 士郎がわたしを突き飛ばす。 「づっ……、――!」 肘で胸を強打された。 衝撃と痛みに、身体が後方に流れる。だけど、そんなのに構っている暇なんてない。士郎がわたしを突き飛ばしたのは、真紅の槍が迫ってたからだ。ふたりいっぺんに貫こうとしている槍から、わたしを逃がすためだ。 では、それをさせまいとした士郎は―― ……ぞぶり、 持ち上げた顔の前に、鮮赤をまとった真紅の穂先が姿を見せていた。 「……チ」 ゆっくりと槍が引き抜かれる。 ゆっくりと目の前の背中がくずおれる。 その先には、何を思ってのものなのか。苦々しい表情で穂先の血を払う槍兵の姿が在る。 「――、ぁ」 イタイ。 イタイイタイイタイ。 ヒきヌかれたヤリ。 ドブドブとこぼれオちるマッカなチ。 イタイイタイイタイイタイ。 ムネをエグッたキズはフカイ。ふかい。 ケッカンがチギレル。ブチブチとオトヲタテテハレツしてク。 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――! 「が……あ……、っ……あああアあアアアァァァァァアァ――――――!!」 全開にしてた感覚を通して、士郎の痛みがそのままわたしに叩きつけられる。 「士郎――――!」 倒れ伏すきょうだいの身体を、腕を伸ばして抱きとめる。 「ぐっ……づああぁぁッ……!!」 「士郎! 士郎ッ!!」 さっきのそれが断末魔の絶叫なのだと、気づきたくもないことに気づいてしまった。 「――――ぁ」 胸を掻きむしる士郎の動きが、だんだんと緩慢になっていく。 「……し、ろう」 助からない。 傷が致命傷じゃなくても、この出血では助からない。 「づ……あぁぁぁ……ッ」 「急所を避けたか。――下手に足掻かなけりゃ、痛みも感じねえですんだのによ」 舌打ちと、その口調の意図は何か。 一撃で仕留められなかったことを残念がっているのか、それとも申し訳ないと思っているのか。 ――――ああ。殺される。 「…………ぅ」 「介錯はしてやる、今度はじっとしてろよ。――嬢ちゃんもだぜ」 ――――士郎はこいつに殺される。 「……しろう」 つぶやくわたしの視界の端で、再び、真紅の槍が翻り、 ――――わたしたちは殺される。 「じゃあな」 抱きかかえるわたしごと貫かんと、その穂先が士郎の心臓に迫った―― |