- 目を疑った。 ついでに正気を疑った。 最後に今日一日の記憶とか生まれてこの方培ってきた魔術師としての心構えまで疑ってやりましたよ、父さん? だって無理もないと思いませんか。 何しろ、一度死にかけたバカが気になって来てみたら、なんと殺そうとした相手と一緒にお茶を飲もうとしてたってんだから――――! もうなんていうか、怒りとか呆れとか色々混ざった挙句にそれを数日煮詰めて搾り出した濃厚エキスを遥かに超えた何かの感情に後押しされて放ったガンド、数十発。いずれも狙い過たず、無用心にも開け放たれたままの入り口から、のんきにお茶の準備が進められてた居間に飛び込んでいく。 「どわわわわ――――――!? とととと遠坂――――――!?」 「ええええぇぇぇッ!? 遠坂さん――――!?」 卓袱台のあたりにいたバカは、それでも見事にガンドを避けて私の姿を視界にとらえたらしい。ふん、むしろそれくらいやってくれなきゃって感じだけど。 で、そのバカが私の名前を叫んだと同時、もう一人のバカの声がした。――ああいや、うん、最初のバカに比べたら次のはバカの度合いは少ないと思うんだけど、やはりバカはバカであると思う。 だってバカじゃなきゃ、自分たちの命を狙った相手を家にあげてのほほんとお茶の準備なんてしないはずだもの。 ――あ、でもちょっと待て私。 勢いのままに撃ち込んだガンド、今ので私が魔術師だって彼らにバレたんじゃなかろうか。 「しまった……!」 魔術師は一般人にその存在を知られてはならない。 頭を抱えてうめいた私の耳に、頭上から呆れたような声が降る。姿を消してついてきたアーチャーのもの。 「――君な、もう少し前後を考えて動いたほうがいいぞ」 何故ランサーが彼を追ったのか、忘れたわけではあるまい。 「う、うるさいうるさい……ッ!」 遠坂の血筋の呪い極まれり、だ。 だって、今撃ち込んだガンドのおかげで、私は私のしたことを思いっきり灰燼に帰してしまったのだから―― 「さて。凛、どうするね?」 わらわらと、縁側に出てくるバカふたり。プラス、ランサー。 どうでもいいけど、さっき、あの槍兵ってアロハ着てなかったかしら――今は蒼い戦闘服に身を包み、手に持つはあの呪いにも似た槍。戦闘態勢ばっちりって感じ。 だけど、屋上でそうしたように、有無を云わせず襲いかかってくるような気配はない。私とバカどもを均等に見比べて、何やら面白がっているような表情。――なんかムカつくわね、アレ。 「と……遠坂さん……?」 ごしごしと目をこすって、後者のバカこと衛宮が私の名前を繰り返す。 「夜中にどうしたんだ、遠坂。――それに、その腕、なんだ?」 前者のバカこと衛宮士郎が、私の左腕を指さして問う。 袖をまくった左腕は、刻み込まれた魔術回路が鮮やかに輝いていた。云うまでもない、今のガンドこと、呪いを込めた弾丸を放つためのものだ。 まだ着替えてもいなかったらしい、彼の着ているのは血に塗れた制服。そう、あの教室で死にかけてたときそのままの姿。――それが余計に腹立たしい。 なんだって私は、ついさっき生き返らせた相手を自分の手でどつき殺さなきゃいけなくなってるのかと。 なんだって私は、あの子が慕ってるこいつらを、こんなことに巻き込んでしまったのかと。 ――ああもう、悔やむことだらけだ。 屋上での戦闘、校庭での戦闘、接近者に近づかなかった間抜けさ、宝石の魔力を殆ど使い切っちゃった蘇生術、アーチャーが見つけきれなかったもう一人に対して思った憐憫、ランサーの気配がある割にのほほんとした空気の漂う衛宮家の塀乗り越えて、こそこそと忍び込んだ情けなさ、それらすべてを無に帰す、今の私の考えなし…… 「遠坂さんって」、 柄にもなく後悔の渦巻く私の脳に、のほほんとした声が届く。 「すごいツッコミ技持ってるんだねー」 「ああ。あれなら本場大阪でも充分にやってける。すごいぞ遠坂」 ――――ああ、父さん。 今の私、きっと、とても素晴らしい笑顔をしてるんだと思うわ。 「そう」、 ふふ、と笑いながら視線を向けた先で、衛宮士郎と衛宮が、血の気の引いた顔で後ずさる。 そんな彼らに見せつけるように、私は、左腕を持ち上げてみせた。 「――これが、ツッコミ道具に見えるわけね?」 だったら、 「存分に味わえ―――――――――ッ!!!!」 ドガガガガガガガガガガガガガガガガ―――――――ッ! 「どわわわ――――ッ!? 遠坂、俺たちなんかしたかッ!?」 「あああッ、居間が、居間が滅茶苦茶に――――ッ!?」 「、庭だ! 庭に逃げるぞ!!」 「逃がすかああぁぁぁぁぁッ!!」 阿鼻叫喚。 ガンドに蹂躙された居間を見て絶叫してる後者バカを引っ張って、前者バカが庭に飛び出してくる。当然、そこを狙ってガンドを連射。 ――だが。 「おっと」 「――!」 庭の端に見える土蔵。そこに向かって走る彼らに撃ち込んだガンドが、すべて弾かれた。 誰のせいかなんて云うまでもない。 バカふたりは、ガンドを防げないとみたからこそ逃げたのだ。なら防げる奴は一人しかいないじゃないか。 「――ランサー」 「魔術の腕は悪くないな。なかなかだ」 ヒュッ、と槍を一閃し、蒼い槍兵は不敵に笑う。 「……何考えてんのよ、あんた」 「何って?」 腕を下ろし、問いかける。 「あんた、学校じゃあのふたりを殺そうとしてたじゃない」 だっていうのに、なんで今、彼らを守るようなことをしてみせたのか。さっきのアロハと関係があるのか。 「アロハは関係ないと思うぞ、凛」 軽く茶化して、アーチャーが実体化する。 サーヴァントの相手はサーヴァントのみ。校庭での決着は、ここでつけられるのか。 「なんだ、またテメエか」 「絶世の美女が相手のほうが良かったか?」 「いんや。女相手はやりにくいな、正直。戦うなら男のほうがいい――それにだ。今なら遠慮なしに戦える」 人を食ったその返答に、アーチャーの、巌のような背中がびりっと張り詰めた。 「ほう?」 両手に現れるのは、校庭でも見せた対の短剣。 「先ほどは手を抜いていたとでも?」 「要らん命令に縛られてたおかげでな。――だが、今はそれもねえ。今度こそ貴様の正体を暴いてやる」 既視感。 高まる殺気、凝っていく魔力。 校庭での現象を余すところなく再現し、二騎のサーヴァントが対峙する。 疑問は残ったままだが、彼らの戦いに横槍を入れるつもりはない。それはバカのやることだ。周囲に凝る空気を刺激しないよう、私は数歩退いた。 ――その時点で、私は、まさにこの場にバカがいることを、きれいに失念していたのであった。 「ランサーっ! ケンカはダメっ!!」 これぞ横槍。庭の端から叫び声。 発したのは後者のバカ。 「ケンカじゃねえっ!」 ランサー、わりと律儀な性格らしい。首だけで土蔵を振り返り、きちんとツッコミを入れている。 いや、ていうか。 何仲良くなってんのよあんたらは。 ――そう云おうとして。遠坂凛は瞠目する。 それまで月光を遮っていた薄雲が、風に流された。煌々と庭が照らされた。 そのせいで。 庭の木々、奥に構えられた屋敷、隅に建てられた土蔵――あらゆるものの姿がよりはっきりと見えるようになったそのおかげで。 ――叫ぶ為に口の横に寄せられた衛宮の手の甲に、どこかで見た紋様が、嫌になるくらい鮮やかに輝いていた。 「……なんだと……!? おまえのマスターは、まさか――あそこの彼女なのか!?」 アーチャーにもそれは見えたのだろう。殺気をかき消す驚愕をかもし出し、眼前の槍兵に詰問している。 予想だにしなかった驚きと、それだけじゃない何かの感情。 そうして、ランサーは軽く肩をすくめ―― 「まあな」 と、あっさり頷いた。 「ちょ……っと待ちなさい! じゃあなんで、あんた自分のマスターを殺そうとしてたのよ!?」 「ん? ああ、あんときは別の奴がマスターだったんだよ。これがまたいけすかねえ奴でな、三食麻婆食ってるし。しかもこの世のものとは思えねえ激辛」 思い出して、心底げんなりしてるらしい。ランサーのついたため息は、深海にかかる水圧よりも重かった。 ――刹那、どっかの神父の顔が脳裏をよぎる。……まさかね。でも、あんな表現される麻婆を作る奴なんて、この世に二人といてほしくないんだけど…… ――――って。そんなこと考えてる場合じゃない。 ランサーのマスターが、誰かからあそこのバカに変更されたのは判った。だけど、そんなこと出来る奴なんてそうそういるわけがない。 マスターの条件たる令呪は、いくらそう望んだとしてもサーヴァントの意思で移殖出来ることはないはずだ。だとしたら、元マスターか、令呪を持つ彼女がそれを行ったことになると思う。そして、そんなすべなど一般人が持つわけない。 なら。 衛宮はこちら側に属する者ということなんだろうか。ひいては隣の衛宮士郎も? ――え? じゃあ、そうしたら、あいつらって聖杯戦争に参加―― 「ふむ」 こっちがパニック寸前だっていうのに、アーチャーは落ち着きまくっている。厭味ったらしく腕を組み、ちらりと私を一瞥。……こいつ、絶対、今私が思考高速竜巻起こしてたのを笑ってる。 「これで方針は決まったな、凛よ」 庭の端のあいつらにも聞こえるようにか、殊更に大きな声でアーチャーは云う。 「え? 方針?」 うう、情けない。まだ竜巻が落ち着いてない。 おうむ返しになってしまった私のいらえに、アーチャーは鷹揚に頷いた。 「君も彼らも聖杯戦争の参加者。ならばやるべきことは一つではないかね」 赤い弓兵は、そう云うなり。 「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)」 と、つぶやいた。 |