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「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)」

 赤い弓兵がそうつぶやく声は張り詰めた夜気を伝わって、はるか距離のある土蔵にまで届いた。
「え」
 いや、正確には衛宮士郎だけに。
 その証拠に、隣に佇むは、声を零した俺の方を不思議そうに見上げている。
 だが、――俺にはの疑問に答えている余裕がない。
 凝視する。
 そのつぶやき、その呪文によって編み出された、赤い弓兵の手にある螺旋剣を凝視する――――!
 誓って云おう。あれをつぶやくまで、赤い弓兵は空手だった。これでも、俺の視力は並外れていいほうだ、見間違うなんてことはない。
 ともかく。
 空であった奴の手の中に、唐突にそれは現れたのである。
「……カラドボルグだと?」
 弓兵と俺たちの間に立つランサーが、怪訝な色を隠そうともせずその剣の名をつぶやく。
 殆ど脊椎反射じみた本能で、俺の目はあの螺旋剣を解析する。――幾分“実物”とは違うようだが、間違いないだろう。
 ――螺旋剣、カラドボルグ。
 たしか、北欧……ウルスター神話のどこかで出てきた剣だ。ウルスターを追放されたフェルグスって魔王子のものだったか。
 ランサーはそれを知っているのか。
 あれが神話の産物だと。この時代にあるべきものではないと。
 だが、奴の驚きは、ありえないものを見たそれでありながら、俺やの表したそれと、どこか意を異にしていた。
「……何故、貴様がそれを持っている?」
「さてな。我が身が君の親友でないことはたしかだが――生憎、手の内を易々と明かす趣味はない」
「――――フン。まあいいさ」
 赤い騎士の反応は、予想されたものだったのだろう。ランサーは気分を害した様子もなく、小さく鼻を鳴らしただけだった。
 どうやら、ランサーの驚きは“この時代に神代のものがある”ことに対してではなく“あの男がカラドボルグを持っている”ことに対してのものだったらしい。
 相手が容易に答えを寄越さないと察した時点で、ランサーは追及を取りやめた。
「叩きのめして訊けば、済むことだ――!」
 槍を一閃。
 そして、蒼い槍兵は赤い弓兵目掛けて地を蹴った――!
「ふむ。妥当な選択だ」
 迫り来る蒼の閃光を見据え、弓兵は泰然と告げるのみ。
 正面から迎え撃とうというのか。流れるような動作で、いつの間にか手にしていた弓に螺旋剣をつがえる。弓に剣を。それはひどく不釣合いな光景のはずなのに、俺の脳裏にひどくしっくりと焼きついた。
 うん。悔しいけど、一瞬見とれてしまったのだ。

 ――だから。
 その光景の違和感に、気づくのが遅れた。

「接近戦で矢を使うか、愚か者が――!」
 矢に比べて剣の威力が絶大であろうと、見えていれば避けるのは容易い。まして、相対する槍兵は弓兵を大きく超える神速を顕してみせた者だ。その罵声も当然といえた。
 剣の切っ先は、真っ直ぐランサーに向けて。それがどのタイミングで弦を離れようと、進路は真っ直ぐ一方へ向けて。ランサーはその後の伏兵を警戒しているようだが、第一射は確実に避ける自身があるのだろう。臆することなく前進する。

 ――だから。
 たぶんランサーも、それに気づけなかった。

 ――だから。
 それは完璧な不意打ちだった――

 槍兵が迫る。
 弓兵の目が、つとすがめられる。
「――さて、ランサー」
 明らかに挑発の意図を秘めた声に、ランサーは答えず。もはやことばで語る距離ではないと、駆けるその足が雄弁に告げる。

「君がその選択を実行するまで、君のマスターは耐えられるかな――?」

 言葉と同時。
 剣の切っ先が、僅かに揺れた。――いや、このとき初めて、奴は狙いを定めたのだ。

 ――“俺たち”へと。

「――――テメエ……ッ!?」
「勘違いしていないかねランサー」

 引き絞られる。
 もともと、張り詰められていた弦が。
 たった一瞬の間に、こここそが最大威力とばかりに。

 ――――そして。

「――聖杯戦争とは“こういうモノ”だ」

 つがえられた矢――螺旋剣カラドボルグが、俺たちに向けて放たれた――!

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