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 ランサーの向こう。赤い弓兵の向こうで。
「アーチャ――――!?」
 遠坂が、目を見開くのが見えた。
 ふむ。
 ってことは、遠坂があいつにそういう指示を出してたわけじゃないんだな。
 魔術師は一般人に知られるべからず。知られたが最後、とる手段は相手の記憶か存在の消滅。この原則に則るなら、遠坂がこれを命じたとしてもしょうがないって思ったんだが――うん、なんか学校での遠坂のイメージはすでに瓦礫になってるけど、やっぱり遠坂はそういう奴なんだな。
 ――などと。
 剣が迫り来てるっていうのに、俺は、そんな呑気なことを考えてしまっていた。
 が、のんびりした脳みそより先に、脊椎から発信された電気信号が俺の肉体、四肢を動かす。正直脳みそからの命令なんて待ってられない。俺の隣にはがいる。
 守らなきゃならない家族がいるんだから。
「しろぅ……っ!?」
 土蔵の目前にいたのが幸いした。
 左手での腕を掴んで右手で土蔵の扉を叩き開ける。なりふりなんて構ってられない、受身なんて取る暇はない、倒れ込むように引きずり倒すように、床に身体を叩きつける。
 その頭上を、鉄塊が過ぎていった。その速度に比例した風が、の髪を巻き上げる。
 次いで、土蔵の奥から何か固いもの同士が激突する音。がらくたのどれかとぶつかったか。――例えば藤ねえから持ち込まれたストーブはどうだ。たしか俺、こないだ冗談であれに強化かけてみたんだよなあ。
「嬢ちゃん! 坊主!」
 アーチャー。
 そう遠坂が呼んだ赤い外套の男との戦いより、ランサーは、俺たちを守るほうを選んだらしい。一瞬の間をおいて、蒼い疾風が傍らにやってくる。
 一瞥し、ふたりにさしたる傷がないのを見届けると、その赤い双眸はそのまま、土蔵の外に佇む弓兵を睨み据えた。
「――テメエ。戦いに誇りはねえのか」
 それが俺たちに向けられたものではなく、逆にこちらの身を案じての反動であることを承知していても、溢れる殺気に背が泡立つ。
 だっていうのに、向けられた当の本人であるアーチャーは、
「そんなもの。持って、何になるというのだ」
 と、肩をすくめてうそぶきやがった。
「所詮私は君のような英雄ではない。同じ畑だとは思わないことだ」
「――思いたくもねぇ」
 ぎちり。
 歯を軋ませて、ランサーが応じる。こいつにとって、戦いというのは本当に神聖なものなんだろう。いまや廃れた騎士道――なんて時代遅れ。なんて鮮やか。
 だが、アーチャーは皮肉な笑みを浮かべるばかり。真面目に応じようという気さえないのか。――思って。今度こそは、先に気づくことが出来た。
「ああ、それがいい。でないと――」
 奴の笑みには、攻撃を避けられた遺憾も惜感もない。
 逆に、今のこの状況を予想していたような印象さえある。
 ――まずい。
 考えろ。考えろ衛宮士郎。
 第二撃が来る。それは間違いない。
 この状況において、次の攻撃が来るとしたら、それはどこからだ?
 遠坂は違う。あいつは、呆然と俺たちのやりとりを眺めてる。
 なら、仕掛けるのはアーチャーだ。そして、確実に俺たちを狙ってくるだろう。
 考えろ、考えろ、考えろ――!
「大事なマスターを、守れんぞ?」
 その瞬間。
 虚空に剣を編み出した、アーチャーの姿が脳裏に浮かんだ。

「――――――――!!」

 あれは。
 無より有を生み出した、奴のあれは。
 生み出された、あれの正体は――――!

「ランサー、退がれ――――!」

 左腕に魔力を通す。瞬間的に腕力は倍増。
 その手は、未だをつかんだまま。そのまま大きく振りかぶり、描く弧の頂点でそれを手放す。
「わ……ッ!?」
「坊主!?」
 コントロール成功。
 喉に何かつっかかったような声といっしょに、は、反射的に伸ばされたランサーの腕におさまった。
 蒼い槍兵は、俺の意図をちゃんと察してくれたらしい。をキャッチすると同時、こちらを一瞥。そして土蔵の入り口から外へと大きく飛び退さがる。
 そして、

「――“壊れた幻想”」

 まるでそれを見計らっていたかのように、アーチャーの呪文が紡がれた。明確な――明確すぎて強烈すぎて、まるで目眩さえ起こしそうな殺意とともに。
「同調開始――!」
 それとほぼ同時、腕に流した魔力を切る。今の俺に可能な限りの速さで、生成出来る魔力のすべてを脚に注ぎ込んだ。

 冗談じゃない。

 冗談なんかじゃない、これは悪い夢なんかじゃない。一度殺されかけたのは夢ではなく、今また殺意を叩きつけられているのも紛れない現実。だからといって、はいそうですかなんて死ねない。
 だって、助けてもらったんだ。
 ランサーの槍に心臓を貫かれたあと、が俺をかばった。
 とうとう死ぬのかと思ったとき、誰かが俺を生かしてくれた。
 ――ポケットのなかにはちゃんと、あのとき床に落ちてたその誰かのペンダント、入ってるんだ。 
 まだ。
 お礼も云ってない、誰か。
 まだ。
 衛宮士郎は。
 まだ。俺は。
 俺たちは。


 ――――“うん。君たちは君たちの”


 切嗣と交わした約束さえ、果たせていないっていうのに――――!

 そうして、直後。
 呪文に呼応して、土蔵の奥に転がっていた“矢”が破裂した――

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