- /..29 -


-

 ――それは、本当に、魔法のように現れた。

 爆音が大気を震わす寸前か、灼熱が身を焦がす刹那か。
 唐突に、その子は俺の目の前に姿を見せた。
「問――――」
 心持ち伏せた目を持ち上げて、開きかけた口を閉じたその子の目がまん丸に見開かれる。うーむ、やっぱり驚くだろうな、出てきた場所が魔力渦巻く建物ん中で、今にも爆発が起ころうとしてるってんじゃ。
 んで。
「な……っ!?」
 しょうがないんで、正面に現れたその子に俺は体当たり。
 何しろ、その瞬間まさに土蔵から脱出しようと、筋力強化のオプションつきで床を蹴ったところだったのだから。車は急に止まれない。
 彼女は俺の行動にも驚いたみたいだった。だけど、説明してる暇なんてない。
 腕を伸ばして、その子の腹に腕を引っかけて――がむしゃらに、なりふりかまわず、ふたりして土蔵から転がり出た直後――闇を切り裂き炎が生まれ、爆音が響く。
 続いて衝撃。
 爆発源はやはり、土蔵の奥のどこかに転がった“矢”だったらしい。飛んでくるだろう瓦礫を避けるために横の茂みに転がりながら、そんなことを考えた。

「士郎――――!!」

 燃えさかる炎の音に紛れて、の声。
 あー、あいつ暴れてるな、きっと。ランサー、うまく押さえておいてくれるといいんだが。
 衝撃のせいか炎のせいか、はたまた急激に酷使したせいか。ズキズキ痛む節々を堪えて、起き上がる。成り行き上仕方なかったとは云え、下敷きにしてしまったその子に声をかけた。
「すまん、だいじょうぶか?」
「いえ。これしき、たいしたことではありません」
 鎧のおかげなのか、それとも本当にたいしたことではないのか。
 俺よりも遥かにダメージは微少であることを証明するように、すっく、と彼女は立ち上がった。
 ――金色。
 炎と月明かり、ふたつの光源に照らされて、絹糸のような髪がさらさらと風に舞っていた。涼やかにこちらを見つめる碧の双眸は、心のなかまで見透かされるような錯覚を俺に与える。
 ああ。
 出現したのも魔法じみてるなら、この子の存在こそが、そもそも魔法みたいだ――
 が心配してるだろう、と、ちらりと頭の隅で考えたけれど。ゆっくりと持ち上げられた彼女の唇から紡がれることばを、つい、俺は待ってしまった。
「改めて問おう。貴方が――――」
 でも。
 待った甲斐は、残念ながら無に帰す。
 他でもない、俺のせいで。

「――――!」
 佇む少女の向こう。
 俺たちの飛び込んだ茂みの先。
 ランサーに抱えられたまま、じたばた暴れるが見えた。
 そしてその背後、双剣を携えて地を蹴ったアーチャーの姿。 
 狙うは荷物を抱えたままの蒼い槍兵か――!
「――っ、ぐ――!」
 駆け出そうとした俺の身体は、だが、云うことを聞いてくれない。
 が、ランサーはアーチャーの接近に気づいた。 を茂みに放り投げる。双剣を受け止めようと身を翻し、

「――え?」

 崩れ落ちた俺の傍らから、風が一陣飛び立つ。

 りん。

 まるで、地面を跳ねる鈴のように、軽やかに。
 俺の視線を追った少女が、鎧の重みを感じさせない身のこなしで“そこ”へ駆けていた――

 : menu :