- ずずー。 沸かしなおしたお湯。 ずずずー。 淹れなおしたお茶。 ずずずずずー。 ……何故か普段より倍増している人口密度。そしてお茶をすする音。 そんななか、未だに淹れられたときのままで湯気を立ててる湯のみが一杯。 「――マスターが、あの三人の中の……おそらくアーチャーではないと思いましたが。誰かの身を案じていると思いましたので、ああして割り込ませていただきました」 その前に座るセイバーの手が、ようやっと湯飲みに伸びた。手甲に包まれた手のひらで音も立てずにそれをとり、口元に運ぶ。 こくん。 「――――!」 一口飲んで、何故か彼女は雷を受けたような表情になった。 なんだなんだと見守る一同の視線にも気づかず、湯のみ、もといお茶を凝視。かと思いきや、一度下ろした湯のみを再び口元に運び、今度は一気に飲み干している。 ……もしかして、うちのお茶を気に入ってもらえたんだろうか。 話の合間にちびちび飲んでいた、とりたてて変哲のない緑茶を見、そんなとりとめのないことを考える。 いや、考えてられるほどのどかな状況じゃないってのは、判ってるつもりではあるんだが。 「はあ……それじゃあやっぱり、衛宮くんが召喚者ってわけか」 こめかみを押さえて、遠坂がつぶやいた。 「だろうな。帰るまではそんなもんなかったし」 卓袱台に片肘をついて、無造作に茶をあおってたランサーが俺の湯飲みを示す。や、正確には湯飲みを持ってる手、しかも左手の甲。 何故かそこには、淡く輝く奇妙な紋章が浮かび上がっていた。気づいてみればの手にもだ。 これがマスターの証なんだと、首を傾げる俺たちに遠坂が説明して曰く、 「とにかく聖杯戦争さえ理解してないんじゃ話にならないのは目に見えてるんだけど――先に、セイバーの出てきたからくりから知りたいわ」 との要望に応えて、居間に集った俺たちの議題一号はセイバーの出現場面について、ということになったのだった。 ちなみに議題は何号まであるか、不明。進行時間も、不明。 だがまあ――夜は、まだ長い。 校舎を出てからずいぶんとたくさんのことが起こったはずなのに、こうして落ち着いてみるとまだまだ日付も変わってませんってな時間だった。 それでも、客人を招くにはいささかどころでなく不似合いな時刻である。――にも関らず、衛宮家の居間には現在、家主も含めて総勢5名が思い思いの姿勢で鎮座していらっしゃるんだが。 、遠坂、ランサー、セイバー、――そして俺。 残り1名のアーチャーであるが、奴は今、土蔵の修理に勤しんでいるはずである。いったいどうやって直すのか判らんが、手伝わなくてよいのかとが遠坂に問うたところ、「朝になる頃には完膚なきまでに直ってるわよ」と、少々日本語的に間違ってるような自信満々のお答えをいただいていた。 まあ、土蔵を破壊したのは奴なわけだし。 がらくたばかりの詰まっていた半ば物置ではあったが、俺とにとっては大事な作業場、兼鍛練場。遠坂のことばを信じて、明日の出来栄えに期待しよう。 「じゃあ、衛宮くんに心当たりはないってわけね」 「ああ。何度も云うけど全然。脱出しようとしたら、目の前にセイバーがいた」 「セイバーは?」 「私は、召喚に応じたのみです。……こうして召喚された以上、何らかの因はあるのかもしれませんが……」 それは自分には判らない、と、セイバーも首を傾げる。両手に抱えた湯飲みは既に空。それを目にしたが、急須を持って中腰になる。 「セイバーさん、お茶どうぞー」 「あ。ありがとうございます」 おーいセイバー。さっき俺んとこに来ようとしたを“ランサーのマスターだから”って遮ったときの様相はどこ行った? 茶を注いでもらってる表情、隠そうとしてるみたいだけど幸せそうだぞ? だが、はそれが嬉しかったらしい。そりゃあ、さっきの剣幕から打って変わって好意的に迎えてもらえば、ほっとするってもんだろう。――セイバーがまだを近寄らせないとか云うんなら、俺もきょうだい側につこうかと思ってたし。 「二番茶はちょっと苦いでしょ。でもお茶の栄養だから嫌わないでね」 「嫌うなんてとんでもない……とても美味しいです。こんなお茶が世界には在ったのですね」 ……それにしても、えらい喜びようだな。 たしかに が淹れるお茶は美味いけど、それにしたって程度があるっていうか。 む。 だがしかし。 あんな嬉しそうに飲まれると、俺まで飲みたくなってきた。 「。俺も」 ぐいーっと飲み干して、空の湯飲みをの前に。 「はいはーい」 セイバーのセリフに顔筋ゆるみっぱなしの我がきょうだいの手が、さらさらとお茶を注ぎ足してくれる。 一杯目と違って熱めのそれを、あえて、半分ほど一気に飲み込んだ。 ……ああ、平和だ。 「俺にもな。マスター」 「ああ、私にもお願い、衛宮さん」 「――あの、出来れば私ももう一杯ほど……」 …………これまでの平和には一度たりとて混じってなかった方々が、三名ほど。なんだかすっかり馴染まれた様子で湯飲みをめがけて突き出してるのを甘受できれば、だが。 「……」 うーむ、だがそれにしても。 甘受というか深く考えないことにした光景から目を逸らし、半分ほど残った茶を見て思う。 あんまり茶ばかりガブ飲みするのもなんだ。 というわけで、席を立つ。さっき遠坂の魔弾で蹴散らされた茶菓子は、無念であろうがゴミ箱に直行してもらった。なんか黒いのがこびりついてたし。 戸棚の奥に手を突っ込んで、買い置いてた分を出す。衛宮家ではめったにお目にかかれない、ちょっと高級系の和菓子屋で買ったものだ。 その箱を掴んで振り返る。 「甘いの駄目な奴いるかー?」 「私要らない」 即座に遠坂が答える。 「あー……えーと……ちょっとほしい」 躊躇ったあと、が云った。 ランサーとセイバーは無言。それどころか、なんか期待のこもった眼差しを注がれている。 ……平和だなあ。 などと思ったとき、 「――――ちっがあぁぁぁぁう!!」 バン! と、卓袱台を叩いて。 唐突に、遠坂が吼えた。 |