- 勢いよく両手を叩きつけられた卓袱台が、一瞬浮き上がる。 「和んでる場合じゃないわよ!! まだセイバーの件しか話してないじゃない、しかも全然解決してないし!!」 うん、遠坂。それは見事な正論だ。 たった今まで思いっきり和んでた分、説得力激減してるけど。 だがまあ、なんだか遠坂に逆らうと後が怖い気がする。俺は菓子箱を抱えて、いそいそと自分の席に戻った。箱は卓袱台の真ん中に。 それを見届けた遠坂、腕組みをして、今度はとランサーを睨みつけた。 「――じゃあ次。なんでランサーがここにいるの」 ああ、訊きたいのはマスター入れ替わりの真相だからね。 うん、それは俺も気になってたところだ。 家に帰って真っ先に訊こうと思ってたとこを遠坂の襲撃に遭ってしまったわけだけど。 「あ、えーとそれは」、 「こらこらこら」 話し出そうとしたを、何故かランサーが止めた。ご丁寧に肩を抱きこみ、手のひらで口を押さえる念の入れっぷり。 ……むう。うちのきょうだいに何しやがるか。 んで。そのランサーは、意味ありげに遠坂を見る。 「嬢ちゃん、いくら俺のマスターがバカ正直そうだからって、勢い任せで情報得ようってのはちょっと欲張りすぎじゃねえか?」 ランサーの手の向こうで、がむっと顔をしかめた。 遠坂はどうかと思って見ていたところ、意外にも平然と頷いて、 「ああ、そりゃそうよね」 と、落ちてきた髪をかきあげる。 「だけど気になるんだもの。駄目元で訊いてみるくらい、いいじゃない」 「じゃあ駄目ってことでいいな?」 「あんたに訊いてないわよ、このアロハ」 ――遠坂。ランサーのアロハ姿、見てたのか。 ちなみに、今のランサーはアロハじゃない。なんでも、さっきの襲撃の際に強制武装したもんで粉々になったんだそうだ。 また着替えを出してくるのもアレなんで、今は、最初に逢ったときの格好のままいてもらってる。 で、そのランサー。 先ほどの己のかっこうを指して“アロハ”というとは、さすがに知らないらしい。ちょっと首を傾げて、その件については流すことに決めたようだ。 「ま、決めるのはマスターだがな。――その前に、聖杯戦争なんたるかを説明してやらねえと決めようがねえだろ? なあ」 「……うん」 ランサーの腕に包まれたまま、が戸惑いがちに頷いた。 「俺も、それは訊きたい。聖杯戦争の聖杯ってあの聖杯なのか? マスターってのは何をするんだ? ――それに、ランサーやセイバーってどういう存在なんだ?」 「うんうんうん」 俺の疑問はの疑問でもある。 衛宮ふたりに身を乗り出して迫られた遠坂は、ぴ、と指を一本立てた。 「判った判った。じゃあひとつずつね。――まず聖杯について」 ごくり。 唾を飲み込む音は、俺のものかのものか。 叙事詩、伝説に、その名は広く知れ渡る聖遺物。 聖杯――ホーリー・グレイル。 曰く万物の根源。 曰く万能の釜。 曰くあらゆる奇跡を持ち主に授ける神秘の具現。 キリストが最後の晩餐で使ったとか、磔にされた彼の血を受け止めたとか――そんな成り立ちから教会との関りを連想されそうだがあにはからんや、そこに秘められた魔力は魔術師にとって、とても見過ごすことの出来ない量。 教会にとっても協会にとっても、重要な魔術器……アーティファクトなのである。 ――もっとも、通常ならそんなもん、ほいほいと日本の片田舎に出てくるわけがない。 遠坂はひとつ小さく頷いて、 「“それ”が伝説どおりに神の血を受けたものかどうか、定かでないとは云っておく」 初っ端からこちらの出鼻を挫くコトを云ってくれた。 が、気を抜くには少々早かったらしい。あからさまに落胆しかけた俺たちを見て、遠坂はにんまり笑う。 「でも重要なのはそこじゃないわ。――要は、“それ”がたしかに“聖杯”と呼ばれているってことよ」 「つまり……、この土地の……、聖杯は、そう称されるに、ふさわ、しい、力を、持つ――という、こと、です。むぐ」 いつの間に手を出したのか。 はむはむと饅頭をかじりつつ、セイバーが遠坂のセリフにそう付け加える。 見れば、ランサーがさりげなく全員の前に茶菓子を配っていた。妙なところで気がまわるんだな、あんた。そしてセイバー、補足してくれたのは嬉しいけどせめて食べ終えてからにしてくれ。遠坂、ランサーを恨めしげに見ながら包装を明けるな。 ……それから、 「おいランサー。が動けてない」 未だに捕獲されたまま、つまり目の前の菓子に手が伸ばせないを見かねて、そう突っ込んでみた。 「んー? ああ、悪い」 なんだかおもしろそうにこちらを見てから、ランサーはを解放する。 「悪いって思ってないでしょ」 「ははは、マスターにゃばれてるか」 「いや、こっちにもばれてるし」 ちょっと頬を膨らませて菓子をとる、笑っていなすランサー。そこにさらにツッコミ入れる俺。 が、ここで脱線してはさっきの二の舞。今度は未遂じゃすまないかもしれない。心持ち卓袱台に乗せた腕に重心をかけて、俺は遠坂に目を移す。 「要するに、それの真贋はともかくとして――少なくとも“聖杯”っていわれるだけの魔術器を賭けて戦うってのが聖杯戦争なのか?」 「そうよ。少なくとも、英霊を喚び出してかつ現世に固定させるなんて離れ業をやってのけるモノなんですからね。その能力のほど、推して知るべしだわ」 「……んと。英霊って? ランサーやセイバーのこと?」 「ああ。俺も、そこのセイバーも……あとあっちのアーチャーもな。かつて人だったもの、人を超越して奉りあげられたもの。伝説、伝承って形で世界に固定された魂、それが英霊だ」 「ま、とにかくスゴイ奴等ってことよ。――彼らはもはや人というより星や精霊に近い存在なの」 遠坂は、それを、なんでもなさそうに云った。 が、そのことばが俺たちに与えた衝撃はなまなかなものじゃない―― 俺たちは、思わず。 は俺を振り返り、俺はを凝視していた。 |