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 ――精霊。
 それは世界の意志。感覚器官。
 砕いていうなら端末、はたまた手足。
 ゆえに彼らは世界の管理者であり調節者。
 者によっては、もはや神にも準じる存在。

 ……そんなものを。
 現世に喚びだし、かつ存在たらしめんとする力はどこにあるのか。
 考えるまでもない。
 聖杯こそが、その力。
 サーヴァント。英霊と呼ばれる彼らがこの地に集うという、そのこと自体が聖杯の存在を如実に知らしめる。
「……」
「理解した?」
 絶句した俺たちを眺め、遠坂が問う。
 もう、頷くだけで手一杯だ。――なんなんだ、これは。
 地道に生きる三流魔術師には、正直、理解するのさえ荷が重い。
 だっていうのに、
「つまり――」
 遠坂の説明は、まだ続く。
「聖杯は、その英霊に仮初の肉体を与えるの。そうして、聖杯に選ばれたマスターの召喚により現界させる。サーヴァントとして、ね」
「ただまあ、俺たちも“ああそうですか”ってタダで答えるわけじゃねえ。――サーヴァントなんてものになるからにゃ、それなりの理由があるんだよ」
 サーヴァント。使い魔。
 うん、たしかに。
 人知を超えた魂を、人間の手の届くところにまで引き摺り下ろすのだ。無償というわけにはいかないだろう。
 魔術の基本は等価交換。
 この聖杯戦争とやらに魔術師が関ってるんなら、その原則は生きているんだろうから――
「理由? ランサーも、セイバーも?」
「まあ、な。俺は別に聖杯そのものに用はねえんだが」
 頷くランサー。
 はむはむ。こくり。
 次の饅頭に手を伸ばすセイバー。
 むう。話は聞いてるみたいだから、ほっといてもいいんだろうか。
 ……遠坂も気にしてないみたいだし、別にいいのかな。
「じゃあ、この街にはそのうちサーヴァントが溢れかえるわけか?」
「まさか」
 うわ。思いっきり呆れられた。
「本家じゃないんだから、限界ってものがあるわよ――ただでさえ、人の手の届かない座にいる魂を引き込むんだから。一度の戦争において召喚できるサーヴァントは計7体って決まってるの」
 遠坂のこぶしが、俺たちに向けて突き出された。

 指が一本立つ。
「セイバー」
 二本立つ。
「ランサー」
 三本。
「アーチャー」
 四本、五本――
「ライダー」
「キャスター」
 もう片方の手も出して、六本め。
「バーサーカー」
 そして、
「アサシン」
 七本。

「これが、英霊を現界させるために用意される“クラス”。回によって微妙に変化があるけれど、この七つが基本ね。この“クラス”、そしてこの時代と“縁”を結ぶために聖杯から印を寄越されたマスター――聖杯の魔力を持ちいて召喚を行う魔術師のことよ――この条件のもとで、初めてサーヴァントが喚び出せるわけ」

 ……むう。
 説明を聞くうちに、だんだんと眉間に皺が寄っていくのが判った。
 だってさ、何か変だぞ、それ。

 持ち上げられていた手が下ろされる。
 さっきと同じように指を立てた姿勢のまま、遠坂は俺たちを見渡した。
「さて、聖杯戦争、マスターとサーヴァントの仕組みは以上。質問はある?」
「……はい」
 授業中を彷彿とさせる態で、が手を上げた。
「はい、衛宮さん」
 遠坂も遠坂で、まんざらじゃないらしい。立ててた指をに向け、発言を促す。
「えーと……なんで戦うの?」
「は?」
 。ことばが足りてないぞ、それ。
 豆鉄砲くらった遠坂をちらりと見て、俺は一応、きょうだいの援護に入ってみる。
「あー、つまりさ。こうしてサーヴァントがいるってことは、聖杯があるってことだろ」
「そうよ」
「んで、聖杯ってのは人の手の及ばない奇跡をもたらすアーティファクト」
「ええ」
「じゃあ、みんなで使えばいいじゃないか。こんな、戦争とかなんとか云って争う必要がどこにあるんだよ」
「………………」
 うわ。
 呆れられてるどころか、睨まれてるし。
 気分はもはや、蛇に睨まれたカエル。この場合、英霊であるランサーとセイバーは考えない。冷や汗を流すのは、俺ら、まっとうな人間組。
 ランサーは片肘ついてこちらのやりとりを眺めてるし、セイバーは……まだ食ってるよ、饅頭。おまえそれ幾つめだ?
 ――はあ。
 そうして、大きなため息が遠坂からこぼれた。
「他ではどうだか知らないけどね、この土地の聖杯が姿を現すのは、“生き残りが一組になった”ときなの」
 なんでも聖杯自体がそう決めたとか――ほんとかどうかは、知らないけど。
「…………へ?」
「つまり、聖杯はたしかに在る。だけど、それが仮初とはいえ顕現するのは、七組で開始されたマスターとサーヴァントの戦いが最後のひとつになるって終わりを迎えたとき。それまでは、触れることも出来ない砂上の楼閣ってわけよ」
 ああ、付け加えるなら霊体である聖杯に触れることができるのは、同じ霊的存在であるサーヴァントのみだから。
「ってことで、仮にマスターだけが生き残ってても無意味だからね。かと云ってサーヴァントだけ生き残ったとしても、この世界との縁であるマスターがいないんだから、聖杯に触れる間もなく消滅するってことなんだけど」
 それが聖杯戦争。
 人の手のとどかぬ奇跡を得るため、人の手の届かぬ使い魔を用いて、人の手で行われる魔術儀式。

「え……ええぇ……!?」
 の目はぐるぐる。
 俺の頭はぐらぐら。
 なんだよそれ。なんなんだよそのやり方。
 それじゃあ、まるで。
 そんなのは、まるで――――

「……バカげてる!」
「ふざけるな――!」

 俺との声。
 形にしたことばは違えど、それは寸ともずれずに紡がれた。

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