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 唐突に、彼らはそう口にした。
 「バカげてる」、「ふざけるな」、
 口にしたことばこそ違っていても、そのふたりの浮かべた表情は面白いほど同一のものだった。
 ランサーにとっては復習になる説明。あまり身も入れずに傾けていた耳が、その声に込められた感情で灼かれたような気さえする。
「何よそれ。そんなの、聖杯を誰がとるかとか以前の問題じゃない……!」
 傍ら。
 先ほどまでのどかに茶をすすっていた、彼のマスターの声はひどく強張っていた。
「それじゃあまるで、聖杯をカタチにするための殺し合い……そんなの生贄じゃないか! セイバーもランサーも、そんなことで喚び出されて、本当にいいのかよ!? 遠坂はそんなことのために戦うのか!?」
 激昂。
 さきほどのアーチャーのマスターもかくやと、台に拳を叩きつけて叫ぶセイバーのマスター。

 ――なんて真っ直ぐな。
 ――なんて愚かな。

 ――――なんて、鮮やかな。 心。

 小さな肩が震えている。それが恐怖でないことは、すぐに判った。
「マスター?」
 揶揄をからめて、声をかける。
 貶す意味はない。ただの確認。
 そうして、彼女は彼の予想――否、期待どおりに振り返り、こちらを睨みつけた。

「マスターなんてやらない」

 ……お見事。
 手を叩きたくなるのを堪えて、ランサーは、心中でだけ微笑んだ。

「なっ……、何考えてるのあんた!?」
「おっと」

 直後、アーチャーのマスターが行動に出た。彼のマスターのセリフに、かなり強い憤りを覚えたらしい。
 おそらく何も考えずに投げつけられた饅頭――袋を開けただけで口に運ばれていなかった――を、ランサーは難なく受け止める。
 その斜め前、
「マスター」
 強いまなざしで、セイバーもまた、己のマスターを見上げていた。
 そして、相対する少年は首を振る。縦に。
と同じだ。俺の方こそ訊きたい、こんなバカげた儀式に、なんでセイバーみたいな女の子が参加して殺しあわなくちゃいけないんだ?」
 セイバーに負けず劣らず、否、威風こそ皆無に近いが憤りという一点においては勝りさえしている眼差し。
 が、そのセリフはセイバーの機嫌を著しく損ねたようだ。
 キッ、と眉根を寄せ、彼女は少年を睨みつけた。
「マスター、それは愚弄だ。この身は女性である前にひとりの騎士である。今の暴言、訂正していただきたい」
「む。でもセイバーは女の子だろ。生物学上」
「見目はどうでもよいのです。要は自身の在り方でしょう」
「いーや。訂正しないぞ、セイバーが女の子に見えるのは間違いないんだからな。な、
「え? あ、うん」
 見えるもなにも、生物学上女性と云い切っておいてという感じだが。
 セイバーのマスターの援護のために、彼のマスターは慌てて頷いて、
「では、貴方は何故、マスターを放棄するというのです」
 矛先が己に向かすという愚挙をしでかしたことに気づき、「う」とうめいた。
「私のマスターは、私が女性であるから戦いに参加させらないという。ですが、ランサーは男性だ。彼が戦いに赴くことに我がマスターの云うような不都合はないはずですが」
「いや、あのその……それだけじゃなくって」
「だー! 俺は女の子だからって理由だけで云ってるんじゃない! それが一番大きいのは事実だけど、他にもちゃんとあるんだって!」
 ……面白い。
 両手を振り回すセイバーのマスター、ことばを探してうろたえる己がマスター、じっとりと彼らを睨みつけるアーチャーのマスター。
 うん、実に彼らは面白い。
 ――などと、にやにや笑ってたのがまずかったか。
 セイバーの矛先が、今度はランサー自身に向けられる。
「ランサー、貴方も貴方だ。何を面白がっている? 私たちはマスターから不要だと云われたのだぞ」
「え? 面白がってるように見えるか?」
「「「「見える」」」」
 こんなときだけ息そろえるなよ、おまえら。
 響いた四重唱にまたも顔筋が弛みかけたが、それはなんとか押しとどめた。
 どうにか真面目な顔をつくって、己がマスターの肩を、ぽん、と叩く。
「いや、なんていうかな。そもそもマスターと坊主が不満なのは、聖杯を出すために俺たちが戦うってところだろ?」
 つまるところ、サーヴァントが不要だとかなんとか以前に、この戦いそのものがまったくの無意味だと。
「だからマスターって呼ばないで」
 渋面で、少女が云う。それから、
「だけど……うん、そう。ランサーやセイバーを軽んじてるわけじゃない。でも、こんなの変――なんで、あなたたちがそんなののために戦わなきゃいけないの?」
「望みがあるからです」
 英霊の身でも届かぬ、遠い望みを果たすために。
 ただそのために、聖杯を求めて。
 きっぱり、セイバーは云いきる。
「――そのために、我等サーヴァントは召喚に応えるのですから」
「っ……違う、そうじゃない……!」
「ランサーのマスター。貴方の云うことはよく判らない。そもそも、戦いを忌避するというのなら何故サーヴァントを喚び出したのです」
 それは。
 なんというか。
 核心に触れる、一言であった。

 ――ぱき、と空気が凍りつく。

 ああ、こりゃキたな。
 ふるふると――さっきの数割増で震える肩を見て、ランサーは、冷静に判断した。
 セイバーもセイバーだ。己の召喚理由を聞いたのなら、ちょっとは考えて然るべきだろうに。……いや、さっきのは茶とか菓子とかに紛れて消えたか?
 ともあれ。
 ランサーの予想は、ものの見事に的中した。

「わたしが意図して喚び出したわけじゃな―――――――――い!!」

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