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 遠坂さんは云った。
 今さらマスターを辞退しても、戦いはどこかで起こるんだと。

 セイバーは云った。
 彼女の召喚をもって、戦争は開始されたのだと。

 わたしたちは教えられた。
 聖杯。
 遥か神秘の名を借りながら行われる、魔術師・英霊の殺し合いという、ひどく血生臭い儀式があるのだと。

 ――そうして理解した。
 わたしも士郎も、けっして自身の意思でそうしたわけではなくても……後戻りの利かない場所にいるってことを。
 それからもうひとつ。
 今のわたしたちには、聖杯戦争に関る義務と権利と、それに結末をもたらす義務と権利が同時に存在するんだってことを。

「…………」

 ランサーに殺されておけば。
 遠坂さんがここにやってこなければ。
 士郎がセイバーを召喚しなければ。
 こんな話を聞かなければ。
 ――よかった、の、だろうか。
 否。
 起きてしまったことは起きてしまったこと。
 記憶の書換えや、それこそ過去の改変なんて出来るわけもなく。
 わたしたちは今この場のわたしたちのまま、これからのことを決めねばならないのだ。

 ……ランサーは云った。
 わたしに、自分のマスターでいてほしい、と。

 それは、
「ランサー」
「ん?」
「わたしがこの聖杯戦争を引っかき壊すのが目的でも、わたしをマスターって受け入れられるの?」
 こんなコト云うマスターでも、オッケイってことなのか。
 見上げた赤い双眸が、面白そうにまたたいた。
「云ったろ」
 に、と唇を持ち上げて、
「俺は別に、聖杯がほしくて現界したわけじゃねえ」
 彼は笑った。

「そう云うってことは、だ。契約成立――でいいんだな?」

 それはもう――嬉しそうに。
 見てるこっちが、恥ずかしくなるくらい、晴れやかに。
 校庭でされたときみたいに、大きな手のひらが髪をかき乱す。
 野性の強い、でもやわらかな眼差しに、それは嘘のないことばなんだと理解した。
 確かめるように見下ろすランサーの目に。
 だから、わたしは応えなければならない。

 ――けど。その前に。

 ちらりと視線を向けたのは、セイバーと向かい合う士郎のほう。

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