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 3人のマスター、そして霊体のままのアーチャーが、坂を登って教会へと進んでいって。
 ――しん、とその場は静まり返った。

 英霊たるランサーとセイバーには、基本的に外気が冷たいから震えるとか、そういうことはあまり関係がない。仮初の肉を得ているとはいえ、この身はその大気にこそ近いもの。
 故に、たとえ誰かがその場を通りかかったとしても、しんと佇む彼らを発見出来たかどうか怪しかろう。
 まして霊体となったサーヴァントを、人がそのまなこで捉えるなど不可能……そのはずだが。先の折、庭で霊体のアーチャーをおぼろげながら発見していたを思い出すと、どうにもそれも怪しくなってくる。まあ、彼女が例外なのかもしれないが。
 そうして。夜の闇に溶け込んで、二騎のサーヴァントは佇みつづけた。
 ――時折、カツ、カツ、と音がする。
 傍の樹木に背を預けたランサーが、しきりに足を組み替える音だ。
 それを、しばらくの間は耳に入るままにしていたセイバーだったが、とうとう合羽のフードを少し持ち上げ、ランサーに話しかけた。
「落ち着かないのですか」
「――――まあ、な」
 教会を見据えたまま問う。
 ランサーもまた同じ。
 だが、落ち着かぬ理由は同じではないだろう。
 教会。
 神を奉じる聖なる場所との世間一般の印象に反して、この土地に漂う空気は至極、セイバーにとって不快であった。常人でさえ、あまり近寄ろうという気は起こさぬだろう。
 ランサーも、それは感じているはず。だが彼の場合、落ち着かない理由はもっと別のもののように、セイバーには思えるのだ。
が心配ですか?」
「――マスターが心配じゃねえサーヴァントは、いねえだろ?」
 一部の例外を除いて、だがな。
「たしかに。だが、貴殿の場合はそれだけではないでしょう」
 軽口に頷いたあと、そう返す。
「理由を問う気はない。けれど、それほどに監督役と逢わせることを案じるのであれば、ついていった方がよかったのではないですか?」
 豹の前に、あえて餌を投げ出すような発言。
 だが、群青の獣は喰らいつく素振りも見せず、
「まあな」
 と、同じことばを返答とした。
「だが――今行くと、そもそもの目的を台無しにしちまうのが目に見えてる。だから行かねえ」
「監督役との顔見せ、参加表明――ですか」
「元々、たちはそのために出てきたんだ。そこを、俺がチャラにするわけにゃいかねえだろ――――?」
 つまり、チャラにするような行動に出るのだと。
 剣呑な牙をちらつかせながらも、ランサーはただ教会を睨みつける。

 ……妙なところで、筋を通すものだ。

 屋敷でのやりとりで抱いていた印象を、セイバーは少し修正した。
 その際、口の端が持ち上がったのを悟られたのだろう。ランサーが、ちらりと視線を動かした。
「何か云いたそうだな?」
「――――いいえ、別になにも」
「嘘つけ。笑ってただろうがよ」
 ほんの少しだけ、空気が和らいだ。
 そのなかで交わされる、意味のないことばのキャッチボール。
 戦うためだけに召喚された自分たちが、何を、戦うべき相手と世間話などをしているのやら。
 だが、彼らはともに、マスターの帰りを待つ同士。
 加えて云うなら、彼らのマスターはそれは仲のいいきょうだいなのである。血のつながりはないと云っていたけれど、それがいかほどのものかと仲睦まじく。

 ――ならば今しばし、このままで、彼らの帰りを待とうではないか。
 肩を並べて帰ってくるマスターたちを、肩を並べて迎えてみるのもけして悪くはないだろうから。

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