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 ――――云っちゃった。

 形にしたあと、嘘みたいに鼓動は落ち着いた。ほう、と、いつの間にか止めてた呼吸を再開。溜まってた二酸化炭素を吐き出す。
 ……で。
 周囲も、冗談みたいに静まり返ってることに気がついた。
「えーと」
 目をまん丸に見開いた遠坂さん。
 無表情でこちらを見たままの神父さん。
 あと、わたしと同じように、戸惑って周囲を見渡してる士郎。
「そんな驚くようなことだったか? 今の」
 ――うん、ありがと士郎。反対しないでくれて。 
 少なくとも、遠坂さんは、その士郎の声で我に返ったみたいだった。数度またたきして、ブン、と頭を一振り。
 鴉の黒羽を思わせる、艶のあるツインテールがふわりと舞う。
 そして、彼女は微笑んだ。
 学校でよく見る、おしとやかを演出した――噛み砕いて云えば、猫を被ったそれじゃない。不敵に、強く、かっこいい、その身に冠する名前に本当に相応しい笑顔。
「私は構わないわよ。――いまいちからくりが読めないけど、ランサーのマスターとして聖杯戦争に参加するのは、綺礼じゃなくて衛宮。これでいいのね?」
 ことばは、わたしと神父さんに対して。
 当然、わたしはこくりと頷く。
 神父さんは――
「ふむ。仕方あるまい」
 って、こちらもあっさり頷いた。
 逆に、わたしと士郎が目を丸くして、
「い、いいのか?」
「それでいいんですか?」
 ――なんて、訊いちゃったほど。
 が、神父さんは相変わらず奥の見えない眼差しでこちらを一瞥して、
「いいも何もあるまい。サーヴァントを従えるべき令呪は、君に移動したのだろう。失った者が何を吠えても無意味というものだ」
「……聖杯は?」
 魔術師ならばすべからく、それを欲するのではないのか。
 だから、このひとはランサーを召喚したんじゃないのか。
 だけど神父さんは、これもあっさり、
「願望機としての聖杯に、用があったわけではないのでね。まあ、これも大人しく監督役を務めろとの神の仰せだろう」
「……神? よく云うわ、腰抜けエセ神父」
 ふん、と、叩きつけるみたいに遠坂さん。
 うーん。
 だけど聖杯を指して願望機とは、これまた、なんとも。
 おまけに兄弟子を腰抜け、って。そう思ったのが伝わったんだろう。遠坂さんは不機嫌な表情のまま、こちらを一瞥。
「理由なしにこんなこと、云わないわよ。前回の聖杯戦争。第四回よ。そのときもこいつは参加してた」
 当時の話と結果から、腰抜けって結論になってるだけなんだから。
 ――イッツ爆弾発言。
「前回も!?」
「常連ッ!?」
 衛宮のきょうだいの絶叫が響く。
 遠坂さんと神父さんは、む、と眉根を寄せて耳を抑えた。そんな大きな声、出したつもりないんだけど。
「常連ではない。第四回が初参加だ――もっとも、……そう、凛の云うとおりの腰抜けではあったがね」
 自嘲なのか、呆れなのか。
 視線を逸らして口元を歪め、神父さんはそう云った。
「監督役の息子が参加したこと自体が、間違いだったのかもしれん。あの戦いで父は死に、街にも甚大な被害が出たからな。――ふむ……凛。やはり神はいるのかもしれんぞ」
 同じ過ちを繰り返させぬようにか、今回は開始前に令呪を失う事態になったのだから。
「って。厭味でしょうそれ」
 ちらりとわたしたちを見て、遠坂さんがツッコミを入れる。
 ……うん。今のはわたしでも判ったぞ。
 でもなあ――わたしたちとしては、こんな戦争、足を突っ込まないほうが本当に幸せだと思うんだけど。まあ、知っちゃった以上、そして関ることを選んだ以上、決めたことを取り消すつもりはない――
 ……けど。あれ?
 何か――今。
 聞き逃しちゃいけない何かの欠片が、目の前にあった気が……?
「では」、
 けど、それを見つけ出す前に神父さんが動いてた。遠坂さんの挑発なんて意にも介さずに。くるりとわたしたちに背を向けて、数歩、正面にある奉じられるべき者の像へと歩みを進めた。
 そして振り返る。
 右手を背に、左手を持ち上げ。
 背の高い神父さんは、それこそ、遥か高みから見下ろすかのように告げた。

「――これをもって、第五回聖杯戦争を受理する。この街における魔術戦を許可しよう。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」

 この宣誓に、ほとんど意味がないことは判ってる。
 だって、ここにいるのはセイバーとランサー、そしてアーチャーのマスターだけ。
 他のサーヴァント……キャスターやライダー、アサシン、それにバーサーカーのマスターまでもが揃わなければ、この場の意味はないんだろう。
 だから、神父さんは、単に始まりを告げただけ。

 それでも、何かがずしんと心に落ちる。
 そこに追い打ちをかけるみたいに、
「この教会を一歩出れば、君たちの日常は一変する。心することだ。殺し殺される戦いの場に足を踏み出すのだからな」
「今さら云うまでもないわよ。――ああ、そうそう。ふたりとも、今後何かでコイツを頼ったら減点だからね。またここに来るときは、サーヴァントを失って保護を願うときくらいだと覚えておきなさい」
 ――と。
 遠坂さんのことばで重みがとれた。
 意識してるのかいないのか、遠坂さんの存在はこの場において、わたしと士郎の大きな助けになってた。
 今もまた、然り。 
 衛宮と衛宮士郎は、む、と眉根を寄せて。
「俺たちは、そんなことにならないようにするんだ。あんなこと云っといて、セイバーを死なせるんじゃ意味ないじゃないか」
「以下同文」
 誰かが死ぬために戦うのがばかばかしいから、これを引っ掻き回すって決めたのに。協力してくれるって云ったセイバーやランサーを失っちゃったら、それこそ無意味。

 ――うん。願わくば。

 誰もが生きて、そして笑って。
 そんなふうに、この戦いの終わりを迎えることが出来ますように。
 そう。
 そのために、わたしたちは戦おう。

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