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 無表情のまま固まった神父をおいて、俺たちは今度こそ教会を出た。
 びー、と、緊張の解けたが振り返って舌を出している。
 ん、やっぱり出てきて正解。
 ここも嫌な感じはするけど、内部ほどじゃない。
 が元気になって、俺もほっとする。と、
「士郎、体調どう? もう平気?」
 ――なんて。
 俺がたった今思ったことを、そのまま、このきょうだいは訊いてきた。
「元気」
 ぽん、と、ちょうどいい位置にある頭を叩いて答える。
「綺礼と何話してたの?」
 そこに遠坂の声。
 教会からある程度距離を稼いだ場所で、立ち止まってた。
 出てきたのを見計らったようなタイミングのよさに、一応待っててくれたんだなと思ってみたり。
「いや、ケンカ売られただけだ」
「――はあ?」
 正直に答えたら、盛大に呆れられてしまった。
 そのまま、といっしょに遠坂のところまで歩く。坂道の一歩手前。辿り着いたら、下から登ってきた人影ふたつとばっちり同時にゴール。
 云うまでもない、坂の中腹あたりで待ってたと思われる、セイバーとランサーだ。

「…………」

 その姿を見て何となく沈黙する、俺とと遠坂。

 ……ああ。そういえば、雨合羽と浴衣着せてたんだっけな。
 なんかこう、それ見て一気に張り詰めてた糸が弛んだよ。
「なんですか、人を凝視して」
 む、と腰に手を当ててセイバーが凄む。
 黄色い合羽の大きなフードに顔の半分が隠れてることもあり、迫力倍増。違った意味での。
「あ――ううん。なんだかほっとして」
 そこに、がふにゃっと笑う。
 教会で力んでたこいつを見てた俺は、うんうんと頷いて同意を示す。
 ほっとする方法が微妙にボタンをかけ違えてるよーな気はするが、まあ結果オーライってことで。
「何もされなかったか?」
 ぽんぽんぽん、と、確かめるようにの全身をはたいてランサーが云う。
「何もされなかったよ。怖かったけど」
「――だろうな」
 の返答に安堵したんだろう、ふう、とため息ついたランサーに、不意打ちがかけられた。
「でも、ランサー。どうして教えてくれなかったの」
「ん?」
「ここの神父さんが、ランサーのマスターだったって」
「――――――――」
 群青の獣が、呼吸を忘れた。
 瞬間的に赤い双眸に灯った炎を見たのは、一行の立ち位置からして、たぶん俺だけだろう。
 ギリ、と、奥歯を噛みしめる音。発したのはランサーだ。
 ちくしょうめ、せめて黙ってりゃかわいげがあるものを――そうつぶやいて教会を睨みつける。けれど、それ以上を俺たちに見せる気はないらしい。再びへと転じた視線は、心なしやわらかくなっていた。
「――――何か云われたか」
「……何も、別に」
 は、そんな形相のランサーに怯えた様子ひとつも見せない。
 真っ直ぐに顔をあげて、見つめて。
 その目に溜まる水滴は、恐怖なんかのせいじゃない。

 は、かがみだ。

 そいつの心を、真摯に映し出す、かがみ。
 俺とは互い、きょうだいにとってのかがみであれと切嗣に望まれたけど、はそんな枠におさまらない。
 大源の変化、大気の揺れを敏感に感じ取るの感覚は、傍の人間の発する感情の余波をも感じ取る。動作によって揺れる大気の波ではなく、感情によって揺れる大気のそれを、望まずして身に受けてしまうのだ。
 普段のが信じられないくらい鈍いのも、一種の防衛本能かもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
 ただ、そうしていても、強い感情はの防御を突き破って心を揺らしてしまうけど。

 ――――だから。
 衛宮の家で一緒に暮らし始めた当時、俺たちは本当に大変な思いをしたものだ。

 からっぽになったこども。
 おおきなむじゅんときずをかかえたおとな。

 まだ無防備なこども。
 そのこころに、からっぽと、むじゅんと、きずが、いっせいにおそいかかって―――――

 ――ああ、やめておこう。
 あんまり、思い返していい気分のするものじゃない。

 甦りかけた記憶にふたをする。(もっと奥にもふたをする)

 気持ちを切り替えて、とランサーを見た。
「何も云われてないよ。それに何も聞かない。……ただ、ランサーのマスターが自分だった、ってあの人が云っただけ」
「――――」
 ランサーは、無言での手をとった。
 ああ、奴の懸念は痛いほど判る。
 だけどちょっと云わせてもらうとすれば、おまえはまだ、衛宮さんちのきょうだいについて、ちゃんと判ってないってことか。
 持ち上げられた手の甲に輝く令呪を見て、ほう、と。露骨だが、それほどの安堵だったのだろう。ランサーが息をついた。
「心配したんだ?」
「かなりな」
「ム」
 そうして、ペースを取り戻したランサーの軽口でしかめっ面になる
「士郎、なんとか云ってやってー」
 えーん。と。
 空泣きして、俺に駆け寄る衛宮のさん。

 ――――ホント。こんなふうに触れられるようになるまで、どれくらいかかったっけな。

「はいはい」
 笑って、その肩を受け止めた。
 おかげで、今度はランサーがしかめっ面だ。
 だけど、奴が何か云うより早く、
「シロウたちは、本当に仲のいいきょうだいなのですね」
 そう、セイバーが微笑んで、
「とりあえず、さっさと離脱しましょ。元マスターのところに長居したって、万害あって零点一利もなしだわ」
 そんな正論を遠坂が云ったので。

 一同こくりと頷いて、ひとまずその場を後にしたのだった。

 ――一度だけ振り返る。
 隣を歩くにつられて見上げた教会は、黒々と。夜の闇から浮き出たように、これから溶け込んでいくかのように。
 冷気にも似た風を伴って、そこに佇んでいた。

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