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「だから。遠坂の目的が聖杯じゃないならさ、サーヴァントやマスターを殺す必要はないってことだろ」

 ……ぱちくり。
 遠坂の目が見開かれる。
「――あ――――」
 数度、またたいて。
 ぱ、と、遠坂は手のひらでその口元を覆った。
「…………そりゃそうだわ」

 これは、イケるか――?

「殺さないってことは、他のマスターどもを二度と立ち直れない、っていうか私に逆らえなくなるくらいこてんぱんにしちゃえばいいってわけよね……?」
 ……はい?
「そうよね、うん。戦争やる以上目撃者は出ちゃうだろうし、出たら始末しなきゃいけないし。覚悟はしてたけど、でも苦手なのよね、これ」
 えっと……
「それにあれよ。表立ってドカドカやるより、こっちのほうがよっぽど楽しそうじゃない。勢いこんでサーヴァント仕掛けてくるマスターたちの裏をかいてぶちのめす。……いいわね」
 何故だろう。
 今の遠坂に、何故俺は既視感を感じているのだろう。
「え? ああはいはい、判ってるわよ。は? まっとうな戦争? 何云ってるのよアンタ。戦争自体がまっとうなものじゃないでしょうが。そもそも見つからなきゃ何やろうがオッケーってことであって、どんな戦い方をしようが各人の自由のはずよ。違う?」
 ――そう。
 その起源を探すなら、幼い頃遊んでいた公園で――
「あー、云っててなんだか腹立ってきたわ。たしかに遠坂の魔術師として聖杯の入手は本願。うん、これは認める。だけど突き詰めてみたらうちのアーチャーまで生贄候補って何よそれ。そういうおどろおどろしい聖杯なんて持ってたら運落ちちゃうんじゃないの、主に金運。落ちたら恨むわホント。今火の車燃え上がってるっていうのに」

 ……遠坂。
 うちのが怯えてるんで、出来ればそういうのは脳内だけに留めておいちゃくれないか……?

 心なし、セイバーもランサーも蒼ざめているようだ。ブツブツと考え込む遠坂を見る目が、ことばが進むにつれてだんだんとアブナイひとを見るものになっていってる。
「……しろー……アーチャーがすごい勢いで愚痴ってるー……」
「なんて?」
 それは、かなりダイレクトにキてるらしい。よほど強い念の愚痴なのだろーか。
 が俺の袖を引っ張って、耳を寄せる。
 俺たちの会話が漏れ聞こえたらしいセイバーとランサーも、何々と身を乗り出した。
 えーと、と前置きのあと、以下アーチャーの愚痴。

 ――誰が“うちの”だ、誰が。まんざらではないが。いや、そもそも私は英霊として召喚されたのであって君の家の居間の片付けとか、ああこれはたしかに半分は私のせいだからしょうがないが元はといえばあんなところに喚び出した君のほうに問題があるだろう、凛。つまり何が云いたいのかというと家政夫や大工をやるために出てきたわけではないのだ。そもそも君な、私の記憶にある君と微妙に性格違ってきてるぞ、なんていうかネジが一本飛んでいる。しかも極めて重要なネジだ。違うといえば奴もそうだ。というか彼女の存在自体が謎だ。それはさておき奴らのことばにほいほい乗ってどうするのだ、まったく。君はもう少し魔術師としてかく在らんとすべき見本のようなものではなかったか。まあ凛があの■■■■た■■の■■に足を突っ込んで■■■になるのは気に入らないが衛宮士郎たちも楽観的過ぎる。あれは■■■■だ、すべてを■■、■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――

 ……アーチャー。
 おまえのネジも、きっとどこかが一本抜けてる。しかも極めて重要な部分のが。

 げんなり。
 後半だんだん途切れ途切れになってるのは、聞こえてたが疲れてきて自己防衛を発動してしまったせいらしい。
 俺は責めない。ランサーも責めない。
 逆に、疲れた顔で肩を落とすの背を、ぽんぽんと叩いてやったりするほどだ。
 だって、この場合、の判断は極めて正しいだろう。
 とゆーか、なんだあいつは。なんでこんなとめどない愚痴が流れ出るんだ。
 英霊ってつまり死んでる存在なんだが、奴は生前、こんな津波のような愚痴を垂れ流すのが得意になるくらい嫌なことがあったというのか――?



 戦慄に震える時間は、途方もなく長く思えた。
 が、実際には数分もあったかどうかだろう。それくらい強烈な、赤と赤のコンビの独白――しかも無意識に出てきてるものらしいから止めようがないし止められるとは思えない――は、だが、唐突に終わりを迎えた。
「じゃ、そういうことで」
「どういうことさ」
 遠坂の中の人は考えがまとまったらしいが、外であの怒涛のような独白を聞いてた俺たちには、ちっとも話が見えない。
 思わずそう切り返した俺を、遠坂はムッとした顔で睨む。
「だから、考えてみてもいいわよって云ってるの」
「ほんと!?」
 ぱっ、との表情が輝いた。

「ただし!」

 そこに、びしっと突き出される指。

「仮にも同盟結ぼうとか、おまけに通常の手段での聖杯は出現させないとか云ってんだから、その分の見返りは出してもらうわよ」
「み、見返り?」

 瞬時に預金通帳の残高が頭をよぎる。
 生活で手一杯の衛宮家に、あの遠坂を満足させられるだけの見返りを用意する余裕なんてないぞ――
 そう思ったものの、それは、無用な心配だったらしい。

「そうね、せめて私に釣り合うくらいの実力がほしいかな。どう見てもあなたたちって三流へっぽこだし――ま、それはあとで確かめさせてもらうとして」
 ……三流に加えてへっぽこか、俺たち。事実だけどさ。
「あと、あなたたち云うところの“まっとうな”聖杯の出現も是非拝ませてもらいたいところ。あ、これは同盟結ぶ以上協力させてもらうから。まあ発案者である貴方たちは、特に死ぬ気でがんばってもらうってだけだからそう重荷にしなくていいわ」
 いや、重いって充分。
「それに、最終的に私たち全員が生き残ってたにせよ脱落者がいたにせよ――勝者を決めるっていうのは譲れないかな」
「――競い合いですか? 殺し合いではなく?」
「まあね。そのときは、士郎にもにもマスターとしてサーヴァント共々戦ってもらう。そうでなくちゃ意味がないもの」

 ……うん。それは別に構わない。
 半死半生の目が待ち受けている可能性は極大だが、“殺さなければならない”わけではないのだから。

「まあ、死ぬ一歩寸前では止めてあげるから安心して」

 俺たちが嫌なのは“決められた殺し合い”であって、“戦い”そのものではないのだ。
 だから遠坂がそう云ってくれるのは嬉しい。嬉しいはずなんだが……その。こう、云い知れぬ怖気を感じるのは、出来れば気のせいであってほしい。なあ、

 ともあれ。
 と俺が頷いたのを見て、遠坂は満足そうに微笑んだ。
 だが、立てた指がおりる気配はない。
「じゃあ、こういう方針でいいわね?」
 死者を出さない。
 生贄を出さない。

 すなわち儀式によっての聖杯はけして現界させない。

 つまり。
 これから俺たちがやろうとしていることは、聖杯戦争のシステムの上で、そのシステム自体を叩き壊してからくりを探ろうとすること。

「おまけに、あわよくば生贄使わずして聖杯を出現させようって? ――今さらだけど、あんたたちって半人前以下のわりに、結構ムチャクチャなこと考えるものよね」

 ま、嫌いじゃないけど。そういうの。

 ふふっ、と、遠坂は笑ってる。
 えへへ、と、が照れ笑い。
 ――それで。
 これで遠坂とは殺し合いしなくていいんだと、やっと俺たちは安心出来たんだと思う。

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