- ――魔力は街に満ちている。 サーヴァントを七体も喚び出し、マスターという依り代を与えて固定させるだけの魔力は、すでに街に満ちている。 ――聖杯は、ここに。この地に、すでに。 実体なき聖杯に実体を与えるには、六体のサーヴァントが殺されなければならないという。 それは、逆に云えば、六体のサーヴァントを贄にして、聖杯は現界するのだということだ。 ――なんていうか、ムチャクチャよね。 衛宮士郎と衛宮を均等に視界におさめて、私こと遠坂凛はため息ひとつ。 無理もない。 ――生粋の魔術師が薄々と感じて、けれど意識を向けないようにしてた場所に、彼らは躊躇いもせず切り込んできたんだから。 そのおかげで。 ――うん、目を向けちゃったわけよ。 七体のサーヴァント、七人のマスター。 そして出来上がる、七組のペア。 ……いきのこるのは、ただひとくみ。 衛宮のふたりは、ただ、サーヴァントやマスターが殺されるということにだけ注目してあの発言をしたんだろうけど、聖杯の実体は、もっと生々しいものじゃないだろうか? “誰も殺さずに”聖杯が現界する方法があるかもしれない。 衛宮士郎はそう云った。 それはつまり、誰かを――もっと具体的に云うなら、“サーヴァントを”殺さなければ、聖杯は現界しないってこと。 あいつらは、そこまで考えてたんだろうか? マスターじゃない。サーヴァントだけが必要なのだ。 だって、サーヴァントが死んでもマスターは死なない。 逆に、マスターが死ねばサーヴァントは消滅する。 そう。どうあってもサーヴァントは滅される。 ……消滅したサーヴァントは。その身を構成していた魔力は、エーテルは、そのとき果たしてどこへ行く? サーヴァントを殺すことが聖杯の出現のために必須だというのなら、――――答えは自然と出てくるってものだ。 ……それで。 思い出しちゃったのよ。 ――赤く染まった校庭で高飛びを繰り返してた、どこかのバカの姿とか、 それを見てた女の子とか、 そんな奴らを眺めてた、誰かとか。 ――一時間進んでた時計とか、 盛大に破壊された居間とか、 そこでふんぞり返ってた、誰かとか。 …………自覚、しちゃったのよ。 ああもう、いったいなんで今ごろって感じだけど。 しょうがないじゃない、出てきちゃったんだから。 魔術師である遠坂凛には不要なはずの、――その、あまりにも日常的な、なんでもない、だけど決して遠坂凛が捨て去りきれずにいるいろんなものが。 ――夕闇迫る屋上で、一人――独り。 そのまま攫われて行っちゃいそうだった、風に包まれて寝てた女の子とか。 …………うん、それに。 まだ初心者ペーペーの発掘されたてへっぽこマスターを放り出して。もしも死なせちゃったりしたら。 きっと、あの子は泣くだろう。 私が遠坂凛であり、遠坂の魔術師であるのなら、そのために手を放してしまったあの子がこれ以上、笑えなくなるようなことがあってたまるかというのだ。 あの子にとって、この衛宮のきょうだいはかけがえのない存在なんだろうから。 そう。 遠坂凛は、だから、衛宮のきょうだいに助力してあげるのだ。 ――夕焼け小焼けの坂道で。 何もいないはずの路地に向かって、ただしゃがみこんでた男の子とか。 衛宮士郎と衛宮。 「偉い、士郎。すごい、士郎。さすがわたしのきょうだいっ」 「いやいや、。遠坂は話せば判ってくれる奴だぞ」 私が提案を突っぱねなかったのがそんなに嬉しいのか、衛宮士郎に飛びついて喜ぶ衛宮。 ――そんな、衛宮のきょうだいを。 ……羨ましいとか、か、かわいいなとかッ! 思っちゃったもんは思っちゃったんだからしょうがないじゃない……ッ!! 霊体のまま、何か遠いところでつぶやいてたアーチャーが戻ってきたらしい。姿は見えないけど、なんだかにんまりとした笑みを浮かべてるのが判る。 「凛、君顔が――」 「うるさいわよ家政夫」 すべて云い切る前に一刀両断。 自覚してるんだから一々つっつくんじゃないわよ、このバカ。 すると、赤い弓兵は即座に憮然とした感情を伝えてきた。 衛宮がそれに気づいたのか、衛宮士郎との掛け合いを止めてこちらを振り返る。さっき、私にさえ聞こえなかったアーチャーの愚痴が聞こえたとか云ってたから、その感応力は本当にすごいと思う。 思うけど……ここまで敏感だと、ちょっと極端すぎやしないだろうか? 「……凛」、 首をひねったところに、アーチャーが話しかけて来た。 ええいもう、人の思考をジャマするんじゃないわよ。 「前から云おうと思っていたが――」 「だいたいあんたはね――」 そこに。 「お話は終わり?」 唐突に、この場にはいなかった人間の声が割り込んだ。 |