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 ――まずい。
 何がまずいって、わたしたちがいるのは坂の下、イリヤスフィールとバーサーカーがいるのは坂の上。
 嫌な例え方をするなら、これは、穴に落ちた獲物を狩人が見下ろしているようなものだ……!
 坂の上のバーサーカーが動いた。
 その巨躯からは信じられないほどの素早さで道路を蹴り、跳躍する。位置関係の利もあって、その一動作であの巨人はわたしたちの前に着地するだろう。

「アーチャー、足止め――!」
 未だ姿を消したままの弓兵に、遠坂さんが指示を出した。

 応えて、赤い騎士が姿を見せた。彼はちらりとこちらを一瞥すると、一息に、傍の民家へと飛び上がる。
 そのころには、セイバーとランサーも動いていた。
 まだ動けないでいるわたしと士郎をそれぞれ抱え、大きくその場から後退する。
 一瞬後、バーサーカーがわたしたちのいた場所に着地。間をおかず、その手に握られた大きな斧剣が揮われ――
「━━━━━━━━!!!」
 ――ようとした、けど。
 そのままだったら、確実に、跳び下がったわたしたちのところまで届いていたろう斧剣は、だが、充分にその効力を発揮することが出来なかった。
 未だ重心全部をうまく振り分けきれてなかったらしい狂戦士の足元に、数条の光が突き立てられたからである。
 アスファルトの硬度を無意味なものと突き立つそれは、矢だ。無骨な、ただ飛距離と殺傷能力のみを求めて形作られたもの。それは先刻、屋根に飛び上がったアーチャーの放ったものだろう。
 けど、目を向けても、そこに弓兵の姿はない。
 遠距離からの攻撃を行うには、一所に留まって相手に居場所を知られるのは不利。そんなことしたら、攻撃の来る方向を予測されてしまうから。
「ハッ、所詮は力押しか――――!」
「ランサー、油断はしないほうがいい。あの怪力は甘く見れるものではないだろう」
 ランサーは、一度、バーサーカーと戦ったことがあるんだろうか? さっきの会話もそうだったし、今の独白もそんな印象。
 そんなランサーをセイバーが諌める。血気に逸る槍兵とは逆に、彼女は冷静な目で狂戦士を見据えていた。
 そして、ふたりは同時に荷物を放り出して地を蹴る。

「わわわっ!?」
「おっとっと」

 前につんのめりかけた士郎が、まず体勢を立て直す。空中に放られたわたしが自分のほうに飛んで来るのを見ると、すかさずキャッチ。
 ……今夜だけで、何回空中散歩をしてるんだろうか、わたし。

 て。
 そうじゃない。

「ランサー……!」
「――セイバー!」

 躊躇することなく巨人に向かって行ったふたりの名を呼んで――わたしも士郎も、その場に凍りついてしまった。

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