- /..60 -


-

 ……その光景は。
 ……とても――とてもきれいだった。

 金色の少女が舞う。
 その身は軽く、そして雄々しく。体格としては数倍もの差があるであろう狂戦士に、怖れを知らぬかのように立ち向かう。一撃一撃の重さと勢いは確実に死へのいざないであろうに、それを不可視の剣で受け、薙ぎ、払う。
 そのたびに火花が散る。
 前へ進もうと――セイバーを打ち破り、俺たちへその剣斧を振り下ろさんとするバーサーカー。
 それをさせじと立ちはだかるセイバー。
 ふたりの間で飛び散る火花は、常に同じ位置から。
 バーサーカーが遠慮などしているはずがない。
 セイバーは――どうなのだろう。と変わらないくらいの小さな身体でどうやって、あの巨人の一撃を凌いでいるんだろうか。
 前に出ようとしないのは、やはり、防御に専念しなければならないせいか。それほどに、あの巨人は強敵なのか――事実そうなのだろう。
 セイバーひとりなら、状況は拮抗したはずだ。いや、体力の差で押し切られたかもしれない。
 けど。

「――――ほら、セイバーだけにかかずらってると他がお留守になるぜ!」

 セイバーを援護するのは、蒼の神速。

「――――」

 そして、黙したままの赤い剛弓。

 信じられないことだが、あのなかでバーサーカーの攻撃を正面から受けることが出来るのは、セイバーだけらしい。……まあ、体格差はともかくとして、槍や弓ではあの剣斧を相手取る自体無謀である。
 ならばとばかり、蒼と赤の攻撃は容赦がない。
 最初の一撃をこそ足止めのために放った弓兵は、その後の攻撃はすべて狂戦士の急所を狙って打ち出している。
 校庭でのそれを思い返させる――否、それ以上の速さで繰り出される真紅の槍を、バーサーカーはセイバーに向けた剣斧を引き戻す際に弾くことしか出来ていない。が、そのことを悟ったランサーの攻撃は当然、バーサーカーがセイバーへの一撃を繰り出した瞬間を狙ったものになる。狂戦士の被弾は増える。

 つまりだ。
 セイバーを倒さねば、俺たちに攻撃できない。
 セイバーだけにかかずらっていると、弓と槍の攻撃が来る。
 だからといってランサーとアーチャーに攻撃の矛先を向ければ、そこにセイバーが喰らいつくのは目に見えている。

「…………すごい……」

 ぽかん、と、がつぶやく。
 ――セイバーたちを死なせないために戦う。そう、俺たちは云った。
 だが――これほどに。
 これほどまでに。
 現実離れ、人間離れした戦いをする彼らへの援護は――必要ないどころか、割って入れば自分たちこそが叩き切られる。

 俺たちには何も出来ない。(……そうか?)
 彼らを前にして、ただの人間に出来ることは何もない。(……本当に?)

 感嘆。
 畏怖。
 そして――憤り。

 この聖杯戦争を始めたという、魔術師たち。
 彼らは何を思って、こんなとうとい奴らを、下界になんか引きずりおろしてきたというのか――――

「チ」

 軽く、ランサーが舌打ちする。
 セイバーとバーサーカーの攻め合い、もしくは凌ぎ合いがゆうに百合を越えたあたりで、槍兵は大きく跳び退った。
「このままじゃ埒が明かねえな」
 ランサーとアーチャーの攻撃はたしかにバーサーカーの命を削っているようだが、それは致命的なものではないようだ。狂戦士という名の示すとおり、巨人は戦いの最初からまったく勢いを減じることなく剣斧を揮っていた。
 むしろ、今はランサーのちょっかいが中断されたため、セイバーへの攻撃がよけいに熾烈を極めている。
「ラ……ランサーっ!」
 も、それを見てとったのか。
 あわてて叫んだその声に、応えて槍兵は目を細める。
 その表情は、喜色に満ちていた。
 全力で戦っていることへの喜びか、それとも。
「“マスター”、どうする? ちっと難しいぞ、こりゃ」
 そう呼びかける相手への、心よりの好意故か。
「え?」
「殺さねえんだろ?」
「――あ!」
 状況は膠着している。
 だが、ランサーはまだあれを出してない。
 校庭で――俺たちが邪魔しなければアーチャーに向けて放たれるはずだった、呪いじみた真紅の槍の一撃。
 あれならばバーサーカーを倒せる可能性はあるだろう、だが。

 ……もしかして今まで出さなかったのって、俺たちの決めた方針を守ってくれてたからなんだろうか。
 それでも埒が明かないから、こうして問いかけてると――?

「ふむ」
 タン、と跳躍の音。
 屋根から屋根へ移動していた足を止めて、アーチャーがランサーに呼びかける。
「ランサー。試したいのなら“一度くらいなら”構わんと思うぞ」
「――は?」
「私はマスターの意志に背きたくはないのでな。君もそうなのなら、忠告は素直に聞いておくことだ」
 怪訝な顔でアーチャーを見上げたランサーは、そのことばに、ニ、と口の端を持ち上げた。
「……ああ、そういうことか。奴がアレなら、宝具はそっちが出てきてる――と」
 前回はそこまで確認する暇がなかったんだよな――そうごちて槍の握りを確かめるランサー。
「そりゃいいが、なんでテメエがそれを知ってんだ?」
「企業秘密だ」
 あっさり応じるアーチャーに、ランサーが、ム、と眉根を寄せる。
「それはそれとして。君に援護は必要か?」
「チ、すかしやがって」
 けれど、云い合いに発展させるような暇などないことくらい、彼らは俺たち以上に承知している。
「……俺よりセイバーだろ。いくら最優ったって、力比べじゃちっと分が悪そうだ」
「――ふむ」
 アーチャーの手にしていた弓が、姿を消す。
「凛」
 紡がれるは己がマスター――遠坂の名。
 俺たちの傍で、油断なく魔力を込めた宝石を構えていた遠坂は、そのことばに頷いた。
「――いいわ。行きなさいアーチャー」
「了解した、マスター」
 そして生まれる夫婦剣。
 校庭で見たあれは、やっぱり幻じゃなかったらしい。
「セイバー、加勢しよう」
「……助かります!」
 そしてセイバー。
 無言で狂戦士の剣を受けつづけていた彼女の息は、やはり荒くなっていた。――俺からしてみれば、あんな身体でここまで凌ぎきれたのがまるで奇跡のようだと思う。
 なにしろ、バーサーカーの一撃は重戦車レベル。
 狙いを外れた剣斧は、一度の例外もなく道路やら壁やらを破壊している。表面が削られるどころの話じゃない、その下の砂利、そして地面を抉って大きなクレーターが無数に出来ているのだ。
 そこに、アーチャーが割って入った。
 遠距離からの飛び道具ではない、挑むのは接近戦。セイバーのようにあの攻撃を受けることが出来るのかどうかは判らないが、挑みかかるからにはそれなりの自信があると見てもよさそうだ。

「……ッ! バーサーカー! 先にそいつらから殺しなさい!」

 イリヤスフィールが叫んだ。
 苛立ちも露にセイバーとアーチャーを指して、雪の少女は狂戦士に指示を出す。
「━━━━━━━━━━!!!」
 咆哮は応の一文字か。
 さきほどにも増して勢いのついた、豪速の剣斧。

「――――」

 ……何故だろうか。
 繰り広げられる光景を見て、どうしてか、俺は強い悔しさを感じてた。

 : menu :