- /..61 -


-

 けして揺るがぬ、金色の磐石。
 猛る狂戦士の攻撃を受け流す姿は、戦いの最初から変わらない。少し息が上がっているようだが、それもアーチャーの加勢で整いつつある。

 夫婦剣を手に、狂戦士の懐に潜り込む赤い弓兵。
 狂戦士の名に戦略は不要なのか、バーサーカーの奮う剣斧の軌跡は至って大ぶり。奴は、そこをかいくぐって攻撃を繰り出していく。

 セイバーが剣斧を右に払えば、アーチャーは空いた左の腹に。
 バーサーカーがアーチャーを退けようとすれば、そこを狙ってセイバーが攻撃に転じる。

 さっき衛宮邸で遭遇したのが初めてのはずなのに、ふたりの攻撃はぴったりと息が合っていた。ランサーが加わっていたときほどではないが、バーサーカーの攻撃が再び乱れ始める。
 ――――割り込むだけ無駄、それどころか最大最強に迷惑。
 そんなことは判ってる。
 人間離れした強力、人知を超えた攻防の展開。
 見てるだけでも鳥肌が立つ、手の届かない領域――(本当にそうか?)
 ……頭の隅からのささやきは無視。
 飛び出そうとする身体を、ただ抑え込む。
「士郎」
「――判ってる」
 不安そうな視線を感じて、俺は頷いた。
 傍らの。俺のきょうだい。
 衛宮士郎がただ唯一、胸を張って誇れる存在。

 ――――がいるから、俺は。

 と同じくらいの小さな身体でバーサーカーと渡り合うセイバーの姿はきれいだけれど、それと同じくらい、見ているこちらにとってはハラハラものだ。
 不安などない、あればさっきからの戦いで、すでに露呈してるはず。
 そう考え直しても、不安は消えない。いや、消えないのは不満か。
“女の子は守ってあげなきゃいけないよ”
 ――切嗣が、口癖みたいに云っていた。
 だから悔しい。
 俺をマスターだなんて云って、望みを保留までしてくれたセイバーがあんなに懸命に戦ってるのに、何を、俺は、ぼうと戦況を見ているしか出来ないんだ――――

(そんなことはない)
(奴を見ろ、衛宮士郎)

 囁きは誰だ。囁きは俺か。
 無視したはずのそれに誘われ、俺は赤い弓兵へと視線を転じる。
 短剣を両手に戦うアーチャー。奴を見た。

(あそこにいるのは誰だ)

 ……何云ってるんだか、俺の深層心理。っていうことにしておこう。
 何かが訴える。訴えるそれを努めて殺す。
 意味不明。理解不能。

(理解せよ)
(理解せねばならない)

 ――やかましい。

(あそこにいるのは)
(ここにいるのは――――)

 ――――やかましい……ッ!

 ――そうして、瞬間。
「……ッ!?」
 大気が凍りついた。
 セイバーにアーチャーが加勢して、それが起こるまで、十数秒もあったかどうか。
 全員の注意が狂戦士とそれに立ち向かうふたりの騎士へと向いたそのとき、槍兵はすでに己の行動を起こしていた。

 ――石突を高く、穂先を低く。

 既視感。校庭で垣間見た、真紅の呪い。
「…………っ」
 が慌てて俺にしがみつく。
 感覚は殺していたはずなのに、引きずられてしまったんだろうか。
 そして遠坂。あいつも、まるで魅入られたように紅い槍とその遣い手を凝視する。
 ……それは、俺も同じか。
 集い、そして周囲の大源を凍りつかせるほどの魔力。見るのは二度目になるが、この押しつぶされるような圧迫感と呼吸さえ許されない冷気は慣れられるものじゃない。
「……ふぅん」
 だが、イリヤスフィールに動揺はなかった。俺たちが易々と飲まれる魔力の渦を前にしても、口元に指を添えて目を細めるだけ。
 あの子のその余裕は、どこから来るのだろう。
 自身へのそれか、もしくはサーヴァントへの信頼か。
「━━━━━━━━!!!!」
 狂戦士が、咆哮する。
 マスターと同じく、奴は、繰り出されようとしているランサーの“何か”にさほどの恐れも抱いてない――いや、狂戦士という名を持つ者に、そもそも恐怖などという感情が残っているのか。
 ――ふと。
 勝ち誇った笑みを浮かべて、イリヤスフィールがこちらを……を見る。
 おそらく、このあと刹那もなくぶつかるだろう二騎のサーヴァント。勝つのはこちらなのだと、相手のマスターたるに知らしめるかのように。
 だが。
 イリヤスフィールの視線を感じて、 が、視線をランサーから動かした。坂の上、佇む銀色の少女へ。

「――……っ!?」

 赤い瞳と、薄茶の瞳が交錯して。
 その瞬間。

「なんで……ッ!?」

 イリヤスフィールが叫び。そして、 を睨みつける。
―――――……なんで、あなたが……!!」
 坂の上、狂戦士の背に守られた、戦いの余波の届かぬ地から。見下ろすその双眸は、不吉なまでに澄んだ赤――、だってのに。
 うん、だってのに。
 その瞬間、その眼に溢れていたのは、哀しみとか、悔しさとか。
 そんな、見てるこっちまで辛くなるような、感情だけが込められてて……

「――刺し穿つ」

 そうして声が響く。
 けして大きなものではないはずなのに、張り詰めた冷気のなか、ランサーの声が大源を揺らし――

「死刺の 「ランサー……ッ!」

 それを、が止めた。

 : menu :