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 ――その子は泣いていた。
 涙は流してないけれど、いや、流さないからこそ余計に、それは、強く伝わってきてた。
 ランサーの魔力。
 契約しちゃったせいでなのか、単に、わたしが放心しちゃってたせいでなのか。判らないけど、校庭でのそれより遥かに強く引きずられて。感覚が開けて。

 ――それで、まっさきに伝わってきたのが、その嘆き。

 哀しくて。
 哀しくて。
 ……寂しくて。

 放されてしまった手、置いてきてしまった思い出。

 ……ああもう、だからヤなんだ、こんな体質。
 ランサーのときもそうだったものの、今は特に嫌になる。彼のときは感情がダイレクトに来ただけだったけど、その子のそれは、頭のなかに映像が結ばれるくらいの強さ。

 それくらい強い気持ち。
 それくらい強い想い。

 もしかしたら、心の中で大事に大事に眠らせてたろう――――

 真っ白い世界で微笑みあう、――――――家族の映像。
 無邪気に笑う、白い雪の少女が。
 穏やかに微笑む、白い雪の女性が。

 ――彼女たちを優しく見つめてる、……切嗣が。

 …………視えて、しまった。


「……」

 だからさ。
 反則なんだよ、こんなの。
 誰かが、誰にも見せない心の奥に置いてるものを感じ取るなんてこと。
 その欠片が零れただけで、その末端が漏れただけで、感じ取るなんてこと。

 ……でも。だから判った。
 さっき感じたものの正体。
 イリヤスフィールに対して感じた、違和感の理由。

 視てた。
 あの子の姿を、わたしは視てた。
 だから不思議だったんだ。
 どうして、あの子が、こんなところにいるんだろうって。
 どうして、あの子は、ひとりでこんな夜にいるんだろうって。
 どうして、あの子は、わたしが視たようなあの笑顔じゃないんだろうって。

 だって、衛宮はこんな体質なんだから。
 だから――彼らに関してだけ視えない、なんてことはなかったんだから。
 むしろ何よりも先に視てしまったのは。

 わたしが衛宮となった最初の日、視たのは。

 切嗣と、士郎。
 矛盾と傷と空っぽの――――――

「…………」

 赤い双眸がわたしを見た。
 既視感。
 ――炎の夜。劫火の先に見た輝き。
「なんで……ッ!?」
 視線が交わる寸前まで見せてた余裕は、どこへ行ったのか。
 目をまん丸に見開いて、イリヤスフィールはわたしを見てた。
 動揺や、驚愕や。
 それを遥かに超える、寂寥と孤独。
―――――……なんで、あなたが……!!」
 そんなものが、ごちゃごちゃに混じった叫びだった。
「何、って……」
 つぶやく。隣の士郎にも、果たして聞こえたかどうか。
 それはわたしが訊きたいことだ。
 だけど、イリヤスフィールの表情は変わらない。
 源は――おそらく同じ。
 どちらもが、この視線を交わした刹那に“視た”のだろう。この場にありえない、記憶か想いか。……願いか。
 一瞬の硬直。
 そして、動いたのはわたしのほうが早かった。

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