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 発動寸前のそれを止めたのは、彼のマスター自身だった。

「死刺の 「ランサー……ッ!」

 強い静止の意思が込められた声に、ふわり。絶対の冷気を伴って凍りついていた冷気が溶かされる。
「お、っとと」
 がくりと腕から力を抜いた。ついでに気も抜いた。
 獲物目掛けて今にも飛び立とうとしていた槍は、それで、地面にカランと落ちる。……戦士が自らの獲物を手放すとは何事か状態だが、これくらいせねば、彼のマスターは令呪発動までもしかねない勢いだったのだ。
 令呪についてはまだ説明もしてないが、その意志が強ければ強いほど、無意識に発動させる可能性は高いし――それに、エミヤさんちのさんは、無我夢中で令呪を引きちぎったほどの火事場のバカ力の持ち主である。今だって、手の甲が一瞬輝こうとしていたくらいだ。
 ――別に。3回こっきりの令呪を使い切ったからって、双方が健在である限り、このマスターとの縁を切れたことにするわけではないのだけれど。一応切り札であるそれを失うのは、やはり避けたい。
 なにしろ、ランサーもいろいろと因縁があったりするので。
 それにほら、“目下からの食事の誘いは断らない”“犬は食べない”をはじめとする誓約(ゲッシュ)に曰く、“女性の頼みは断るな”。ていうかこれ、彼の基本理念だし?

 そこにもうひとつ、響く声。
「止まりなさい、バーサーカー!」
 ――ひたり。
 剣斧を振り上げた姿勢で、狂戦士が動きを止めた。風切り音を立ててセイバーに迫るはずだった武器は、ほんのわずかに大気を揺らしただけで下ろされる。
「……?」
 迫る剣斧に対して身構えていたセイバーが、怪訝な表情で剣を下ろした。不可視の剣は風を唸らせたまま、その切っ先を地面に向ける。
「……」
 アーチャーは無言。手にした夫婦剣は眼前の両名に倣って下ろされたものの、消し去る様子はない。
 完全に戦闘態勢を解いたわけではない、が、それぞれの矛先をおさめたサーヴァントたちが見るのは、ランサーとバーサーカーに制止を呼びかけた、ふたりのマスターだった。
 トン、と、軽い足音。
 坂の上から、イリヤスフィールが駆け下りる。
「――――」
「セイバー、待ってくれ」
 ちらりと剣呑な空気をまとったセイバーを、シロウが制した。
「ですが、正面切ってバーサーカーを相手どるよりは」
「いや、それは判らんような気がしないでもないが、あんな小さい子をだな、ってとにかく待ってくれ。遠坂、アーチャーは」
「心配いらないわ。こいつ、私の命令に反対したらペナルティかかるし」
 というわけでアーチャー、動いたらぶっ血KILL。
「…………」
 目を閉じて明後日を向いたアーチャーの首筋に、冷や汗一筋。
 なんつー令呪をかけられてるんだ、あいつは。
 と、ランサーの胸にちょっぴり生まれる同情。前のマスターのとき、彼も散々苦労させられた記憶がそうさせた。

 あちこちクレーターの穿たれたアスファルトを軽やかに飛び越え、イリヤスフィールがやってくる。
 彼女が立ち止まったのは、の前。
「……。今の何」
「……今の……」
 もどかしそうなことばに、だが、の返答は夢心地のよう。“今の”と称されたそれを、彼女自身がつかめていないのか。
 そんな彼女にすがるように、イリヤスフィールは云った。

「今の……ッ! キリツグでしょ!? どうしてキリツグは泣いてたの!?」

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