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 ……あれからどうやって家に帰ったのか、正直云うと覚えてない。
 かなりぼやけた記憶のなかにあるのは、もう何がなんだか判らないじゃないー! って吼えてる遠坂さんとか、私にも判らないのだから八つ当たりするな、って放ちまくられるガンドを避けてるアーチャーとか、もお脳みその許容量越えてぐらぐらのわたしと士郎を抱えて避難したランサーとセイバーとかの映像――――

 なんだ、けっこういろいろ覚えてるじゃないか。

 ……ああ。それからもうひとつ。
 夢を、見てた。
 イリヤスフィールに逢ったせいなのか、それとも、単に思い出しちゃっただけなのか。
 最初に切嗣と逢った日の夢。
 一度だけ切嗣の闇と涙を垣間見た、遠いあの日の夢を見てた――

「――ん」

 あー、どうりで頭が熱いわけだ。知恵熱なのかもしれない。
 けど、逆に身体は寒気を訴えてる。掛け布団だけじゃまだ足りなくて、わたしは特に考えもせず、横のぬくもりにしがみついた。
「……」
 ふ、と息ひとつ。
 鼻孔をくすぐるのは、わたしの生活になくちゃならない誰かさんのにおい。
 掴んだ二の腕あたりに頭を押し付けて、両腕使ってまるっと抱き込んだ。――うーん、もし街中でこれやったら、腕組みカップルとか云われそうかも。
 慎二に「おまえら、年頃のきょうだいの割に仲良すぎじゃないの?」ってからかわれたこともあるしなー。
 でも、
「んー」
 今日だけ。うん、今日だけ。
 いろいろあって疲れたから、今日だけ、さんは士郎くんの妹ってことで――――

「なんてーか、見てるだけであやしいな」
「貴方に邪念があるからでしょう、ランサー」
「でもよ、布団のなかでこうもぞもぞもぞ……って、――なあ?」
「同意を求めないでください」
「……待て。何想像してるんだ、そこのギャラリー」

 ……忘れてた。
 衛宮さんちには、昨日から、あとふたり住人(?)が増えてたんだった。
 頭の上まで被せられてた布団を、誰かの手が除ける。……なるほど、これのせいで熱がこもってたわけか。
 冬の朝にしてはめずらしいやわらかな光が、閉じた瞼の向こうを白ませた。
「起きてるか?」
「起きてるよー」
 ぐっと持ち上がる士郎の腕に引っ張られて、わたしの上半身が起こされる。うーん、便利。
 ちょっとだけ開けた瞼の向こうに、人影みっつ。だけどすぐ閉じた。お日様の光が思ったより強くて、それで反射的に。
 ごしごしと服の袖で目元をこすって、何度かまたたき。
 それからもう一度目を開けて、人影が数え間違いじゃないことを確認した。……ついでに、昨夜のアレとかコレとかソレとかが、やっぱり夢じゃなかったことを。
「おはよう、士郎。ランサー、セイバー」
 とりあえず――ぺこり、朝の挨拶。
「ん。おはよう。セイバーもランサーも、おはよう」
「おはようございます、シロウ、
「おう。おはよう」
 実にほのぼのとした朝の光景である。
 まったりと布団に座っている衛宮のきょうだいに、ゆっくりと礼をするセイバー。にかっと笑って胡座かいてるランサー。
「――あれ」
 その光景をぐるりと眺めて一巡、ふとそれに気がついた。
 布団の傍らに座る、ふたりのサーヴァント。ランサーとセイバー、彼らのまとってる衣服は昨日のと違ってた。
 セイバーは真っ白なシャツに濃紺のタイトスカート。胸元にあるスカートと同色のタイがアクセント。ちょっと強めのコントラストが彼女の金色の髪や碧の眼を引き立ててる。
 ランサーは――アロハじゃなかった。ちょっと安心。黒いタンクトップの上に麻の長袖。色は濃い蒼色。それにジーンズ……士郎のじゃ丈が足りないはずなのに何故かぴったり。
 ……セイバーのもそうなんだけど、女の子然としたあの服とかランサーに丈の合うジーンズとか……あんなの、うちにあったっけ?
「ん、服か?」
 ふたりをしげしげと眺めるわたしと士郎の視線に気づいて、ランサーが軽く腕を持ち上げた。動作の弾みで、裾も一緒に吊り上がる。
 うん、と頷くわたしたち。
「セイバーのは、あの嬢ちゃんからの借り物だ。鎧姿じゃいかめしかろうってんでな、おまえさんたちが寝てる間に、アーチャーにそれだけ持ってこさせたらしい。んで、俺は坊主の引っ張り出した」
「え? でも俺のじゃ――――その。丈が」
 む、と。ことばの途中で口引き結んで、士郎が問う。やっぱり男の子、身長が低めなのは気になっちゃうんだろうなー。
 わたしだって女子の中じゃ低いほうだけど、もう気にしてないし。っていうか諦めてるし。
「……それは、アーチャーが裾を調整しました」
 ひとり頷くわたしと、首を傾げた士郎の耳に、なんだか、今、セイバーさんの、トンデモナイ発言が届きました。
「「……は?」」
「だから。アーチャーが縫ったんだって。ありゃまさに神業だよな」
 ランサーもそれを見てたらしい、うんうんとセイバーの後押し。
 いや、でも、まって。
 あんな筋骨隆々の赤い弓兵が、ちんまい針と士郎のジーンズ持って裁縫箱を横に置き、ランサーをして神業とまで云わせるほどの技量を披露してたっていうの?
 ……じ、と。ランサーのはいてるジーンズを凝視。主に調整がされたっていう脛とか足首のあたり。
 補正したっていうんなら、縫い目とか布地の違いとかあるかなって思ったんだけど……
「――――わ、判らない……!」
 ずぎゃーん。
 ショックで世界はネガポジ反転。
 見れば、士郎もランサーの足元を覗き込んでた。四つん這いで布団の上を横切って、身をかがめて、じぃーっと目を近づけて――それから、悔しそうにつぶやいた。
「……負けた……!」

 ――当然だ。私を誰だと思っている?

 いや、空耳空耳。っていうか誰も何もアーチャーはアーチャーだ。
 ありえない幻聴を聞いた己の耳を、軽く叱咤。それからよいしょと起き上がる。
 ショックはわたしよりも大きかろう士郎の背中を、軽く叩いて我に返させた。
「ほら士郎起きて起きて。もう日も高いしさ」
 うん。いくら疲れ果ててるって云ったって、普段の生活を崩すのはよろしくない。……昨日の分の鍛錬さぼっちゃったな、そういえば。
 ともあれ、健康は規則正しい生活から。
 昨日眠ったのは相当遅い時間だったはずだけど、その分寝坊したから体力もいつもと遜色ないし。――死にかけた割に。
「よかった。身体に異常はなさそうですね」
 ほう、とセイバーが息をつく。心底安堵してくれてるその笑顔に、一瞬心を奪われた。
 ――それくらい、セイバーってば同性から見てもきれいなのだ。
 身長はわたしと同じくらいなのに、あんなに強くてこんなにきれいで――天はニ物を与えないってきっと嘘。それに、セイバーの持ってる空気はとても澄んでる。深い森の奥や、澄み渡った泉や、そんなものを思わせる雰囲気。
「女同士で見つめ合うなよ、勿体ねえ」
 どうせ見るなら俺にしろって。
 と。
 セイバーに見とれるわたしの首をくきりと方向転換し、ランサーがにんまり笑ってた。

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