- /..72 -


-

 四人、連れだって居間に行く。
 遠坂さんとアーチャーが、居間で待ってるって聞いたのだ。
 誰がわたしたちを寝かせてくれたのかは気になったけど、ひとまず後回し。布団を押入れに突っ込むのもそこそこに、わたしたちは部屋を出た。
 とたとたと歩く廊下には、冬の冷気が漂ってた。ただ、お日様がずいぶんと高くなってるから、目を覚まさせてくれるほど強烈なものじゃなかったけど。



 先頭に士郎、横にわたし。後ろにランサーとセイバー。
 幾つかの角を曲がって歩くことしばらく、目的地に辿り着いた。

「あら、起きたのね。おはよう」
「ふむ。学生だと聞いたが、このような時間に起きていては間に合わないのではないか?」

 朝っぱらからキツイ一言。
「いつもはもっと早起きです」
 涼しい顔で厭味を云ってくれたアーチャーにそう返して、む、と睨みつける。……と、ちょっと気まずそうな表情で明後日を向かれてしまった。あれれ?
 ――気を取り直して遠坂さんに挨拶。
「おはよう、遠坂さん」
「ええ。元気そうで何よりだわ、衛宮さん、衛宮くん」
 意味ありげにわたしたちを見て、遠坂さんは笑う。
「あ。えーと。遠坂おはよう」
 んで我がきょうだいはというと、憧れの学園アイドルに笑いかけられてどもること少々。結局無難な返答に落ち着いた。
 男の子ならもっと強気に行かねばいかんのではなかろうか、うん。
「ま、立ち話もなんだから座ったら?」
 そういう遠坂さんとアーチャーは、すっかり我が家の居間に腰を落ち着けていた。
「凛。待ち人も来たのだ、私はもう話し相手をしていなくてもよかろう?」
「ん? そうね、霊体になる?」
「え……ちょっと待って。霊体になられちゃったら、普通に見れないよ」
 悪いなと思ったけど、ふたりの会話に割って入ったら、
「何か問題が?」
 赤の主従から、逆に怪訝な顔して見られてしまった。
 すでに姿を薄らがせてたアーチャーは、面白そうに口の端を持ち上げている。ううっ、なんかこのふたりを同時に相手にすると絶対負けそうな気がする。実力とかじゃなくて、気迫というか貫禄というか。
「別にないぞ。なりたきゃなればいい」
 すたすたと居間を横切って台所に行きながら、士郎が云った。
 むう。態度が悪いぞ、お客さんに対して。
「士郎、そういう云い方はないでしょ?」
 ランサーとセイバーに、とりあえず座っててと目で告げて、士郎のあとを追う。やかんを火にかけた士郎の背中を一発叩いて、戸棚から急須と湯飲みとお茶葉を出した。
 それを持って戻って、まだ待機してくれてたアーチャーに、遅まきながら返答。
「問題っていうか、霊体じゃお茶飲めないよね?」
 一言、釈明させてもらうなら。
 わたしは、いまのセリフ、けっしてウケを狙ったつもりはない。
 だって、こうして一緒の部屋にいて同じ卓についていて、いまからお茶を淹れようっていうのに、ひとりだけ除け者にしちゃうってのはなんだか嫌だったのだ。
 最初から消えてて、それで気づけなかったならしょうがないんだけど。
 だから、用意した湯飲みはちゃんと人数分。
 わたしと士郎がいつも使ってるやつがひとつずつと、お客様用のやつがよっつ。
 だっていうのに、アーチャーってば。
「――――」
 湯飲みと、わたしの顔と。
 それらを交互に見比べたあと、
「……っ」
 妙に口元歪ませて、何か変なもの食べたような顔をしたあと、見せつけるみたいに肩を上下させた。
 うわ、腹立つな。
 その横で遠坂さんも呆れてる。セイバーも同じ表情で、ランサーは面白そうに口の端持ち上げてる。
 自分がなんだか間抜けなことを云ったんだと、それはよーく判ったけど。何故だろう。何故か今、いっちばんムッとしたのって、アーチャーの返した反応だった。
 ので。

「こら、笑うなっ!」

 無言でアーチャーに近寄り、湯のみと急須を乗っけたままのお盆の底で、軽く脳天一撃。
 士郎相手にも結構やってるから、上に乗ってるものを落としたりなんてことはやらない。ぽかり、といい音といっしょに、それらはちょっとはねただけ。
 で。
 そうやって、叩いてから。

「……」
「ああぁぁぁッ!? ごめんなさいついいつものノリでっ!?」

 何をお客さん相手に激失礼なコトをかましてるんだと。自覚したときには遅かった。

「……やるわね、あなた」
 わたしとアーチャーを交互に見て、なにやら感心してる遠坂さん。

「はははっ、英霊形無しだな」
 今のがツボだったんだろうか、おなか抱えて笑うランサー。

「よく落ちませんでしたね」
 一瞬心配しましたが、と、中腰のまま胸をなでおろしてるセイバー。

「何してんだ、
 ほら、お湯沸いたぞ。
 やかん片手に、背後からわたしの後頭部を軽く叩く士郎。

 で、アーチャーはというと。

「――――」

 お盆と激突した頭頂部を手のひらで押さえて、ぽかん、と。なんだかとっても毒気を抜かれた表情で、わたしを見上げてた。

 ……あ。そういう顔してるとなんだか親しみがわいちゃうかも。
 ニヒルな笑みとか鷹のような目とか、そんなのしか今まで見てなかったけど。なんか、今ので、勿体ないなあ、なんて思ってしまったのだ。
 うん、このひときっと、笑ったらすっごくいい顔とかしちゃうんじゃないだろうか――――?

 : menu :