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 と、思ったのも束の間だった。

「この家では、客人の頭を叩くのが慣わしかね」

 はん、とでも擬音についてきそうな顔になって、アーチャーは、お返しだとでも云いたげにそんなことをぬかしたのである。
 ……前言撤回!

「だからごめんなさいって 「は謝っただろ。他人のきょうだいにいちいち絡むな」

 吼えようとしたわたしの前に立って、士郎がつっけんどんに云う。
その背中で視界が遮られて、アーチャーがどんな表情をしたのかは判らなかった。
 ただ、ふたりの間で険が増したのは感じ取れた。
「……そんなに大事なら、奥にしまいこんで守ってやればよかろう――愚か者。この世でもっとも近しい者とともにマスターになる愚を犯しおって」
 アーチャーのことばの意図は、判らないでもない。
 だって、本来なら、聖杯戦争は最後の一組になるまで勝ち残らなくちゃいけない魔術師の戦争。
 そこに肉親の情とか家族の絆とか、きっと入る余地はない。
 文字通りの殺し合いに、――うん――もしもランサーとセイバーが頷いてくれなかったら、なってた可能性もあるわけで。それを思うと、背筋が凍る。

「……あんたに云われるまでもない。けど、俺たちはそういうバカバカしい儀式を壊すために戦うんだ、いっしょに」
「それが貴様の目指す正義だとでも? 甘えるな、何をもなくさずに目的に辿り着くなど出来る道理はない。それが大事なものであればあるほど、失う可能性は大きいのだ」
「――ッ、そんなことにはしないって云ってるだろう!」
「理想だな――青臭い理想だ。吐き気がする」

 刺。
 刺々刺々。

 さっきまでは、まだ、どこか楽しんでる節があったアーチャーのことばには今、隠しきれない……隠そうともしてない、嫌悪や憎悪がにじんでた。
 逢ったばかりと云っても過言じゃない士郎に対して、アーチャーはなんでこんなに憎しみを募らせてるんだろう。しかも、昨日今日ってものじゃなくて、強く根深い。昨日の夜垣間見たランサーのも強かったけど、何年もかけたって感じしなかった。だけどアーチャーのはとても深い。深くて昏い――底なし沼。
 士郎を断罪するかのような声は、けど、逆に自分をも傷つけてってるんじゃないかってくらい鋭くて、辛い。
 それに影響されたか共鳴したか――いや、最初からアーチャーに好意的な対応はしてなかったけど――士郎の声も大きくなる。

「理想を追って、何が悪い!?」

 士郎、本気で怒ってる。
 切嗣との約束、わたしたちの大事な部分を面と向かって貶されたのだ。怒らないほうが変だろう。
 ……だけど。

「そんなことを堂々とぬかす、それこそがすでに罪だというのだ!」

 だけど、どうしてだろう。
 アーチャーに対して、わたしは、士郎ほど怒りを覚えなかったのだ。
 ……どうして、そう思ったんだろう。
 そう。向かい合うアーチャーと士郎は、まるで――――

「殺させないために戦うだと? 何をも失わずに勝利を得るだと? それは理想だ、現実にはならぬゆめだ。……そんなものを追うというのなら」、

 一呼吸。おいて。
 アーチャーの双眸が、真っ直ぐに、士郎を貫いたのを感じた――

「――理想を抱いて溺死しろ……!」

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