- 「――ごめん。アーチャーにはあとでちゃんと説教しておく」 無言のまま去ったアーチャーの姿、そして気配が消えたあと。のろのろと淹れたお茶を一口飲んで、遠坂さんはそう云った。 本当にすまないと思ってくれてるみたいなんだけど、……でも、遠坂さんが謝るのは、筋違いっていうか。 士郎もそう思ったらしくてそれを指摘したけど、 「サーヴァントの無礼はマスターの責任よ。……遅くなるかもしれないけど、絶対頭下げさせるから。本当にごめん」 で、そんなふうにされちゃったらいつまでも怒ってるわけにいかない。 「別に――もうすんだことだから、いい」 直撃を受けた士郎が、ちょっとぶっきらぼうながらもそう云ったので、その話は一応それでおさまった。 ランサーとセイバーも、小さなため息と一緒に湯飲みをとって口に運ぶ。 わたしはただ驚いてただけだったし、うん、これで一応一段落。……解決はしてないけど。でもなんでアーチャーああいうこと云うかなあ。面と向かって云われてないから、この程度ですんでるのかもしれないけど、うん、あれはやっぱりひどいと思う―― 「それで、さっそくだけど」 ……っと、いけない。わたしがいつまでもしがみついててどうするんだ。 抱えた湯飲みに落としてた視線をあげると、遠坂さんは、わたしたちをぐるりと見渡してた。 「――昨夜の同盟。あれ、正式に受けるわ」 「え?」 「士郎とが寝てる間に、バーサーカーのことをランサーから聞いたのよ。……別にアーチャーを貶すわけじゃないんだけど、私たちだけじゃ奴に勝てないのがはっきりしたから」 ………… びっくり。驚愕。 遠坂さんが、弱音――いや、弱音じゃないか。単なる現実なんだろう。でも、はっきりと“敵わない”って口にした。彼女にとっては冷静な戦力分析の結果なのかもしれないけど、う、ちょっとほんとにびっくりだ。 おまけに不安。 遠坂さんにこうまで云わせるあの巨人――わたしにも死のイメージを抱かせるくらい、強烈だったあの存在に、それじゃわたしたちは勝てるのか……まして、殺さずして勝つことが出来るのか、って。 だけどそれは口にしない。 わたしたちはそう決めたんだから、――絶望的に無理だって云われるまで、うん、がんばるんだから。 ……あれ、でも。 「ランサーから?」 なんでさ? 士郎がきょとんとランサーを振り返る。うん、先を越されてしまった。 蒼い槍兵はそれを受け、赤い眼を細めて一言。 「前に一度戦ったのさ。そのとき、あっちから真名をばらしてきたわけだ」 何気なく、云われて。 「……なんで生きてるの!?」 「おいおいおい。ひでえな、」 苦笑するランサーに、たしかに失礼だと思ったけど。感じた驚愕は消えやしない。 今の口ぶりからすると、ひとりで戦ったみたいだったし――セイバーとアーチャー、そしてランサーがいてやっとどうにかなりそうだったあのバーサーカー相手に戦って、よくまあ、生き延びたものだ。 そんなふうに瞠目するわたしと士郎の疑問を、解いてくれたのは遠坂さんだった。 「実力もあるだろうけど――スキルの関係かしらね。ランサーって“生き残ることに特化した”クラスだから」 「ま、そりゃ否定しねえがな」 「あれ? クラスって、呼び名以外に意味があるんだ?」 「あるわよ」 やっぱり間抜けな質問だったらしい。ふう、とため息ついて、遠坂さんレクチャー開始。 「そうね――これなんか役に立つかも。見てみて」 そう云って彼女がどこからともなく取り出したのは、一冊の本。かなりの年代物らしい。 本を渡された士郎は、何々と表紙を開いて、 「うわ」 と、一言。 「なに?」 横から覗いてみるけど、特に何か書かれてるわけでもない。――っていうか白紙。きれいに真っ白。士郎、これに驚いたのかな。 「あれ。見えないか?」 「……見えない」 むー、とむくれるわたしに、士郎が説明してくれる。 「なんか……セイバーとか、ランサーとかのステータスみたいなのが見えるっていうか。こう、カードゲームのアレみたいな」 「ふーん。そういうふうに見えるんだ」 「遠坂は違うのか?」 「ちょっと違うわね。で……は見えないんだ?」 「……真っ白け」 身を乗り出してきた遠坂さんの問いに、わたしはかぶりを振る。 説明してくれた士郎には悪いけど、いくら覗き込んでも白以外の何の情報もその頁には読み取れなかった。カードゲームのアレ、なんて以前の問題じゃなかろうか。 「ふーん?」 そんなわたしを見て、遠坂さんが首をひねる。 「じゃあ、本人を見ても何も感じない? ――たとえば、ランサーが別のイメージで見えたこととかない?」 「……ランサーを?」 促されるまま振り返り、ランサーを見てみた。 今はラフな恰好してる彼は、いつもの蒼い髪と赤い双眸で、わたしに「なんか見えるか?」と笑いかけてた。 「うーん」 首を傾げて、凝視。睨みつけるみたいになっちゃうけど、勘弁。 「…………なんていうかなあ、見えるとかそういうんじゃないんだけど」 しばらくランサーを眺めたあと、わたしは、弱気に遠坂さんを振り返った。 「ランサーは、空みたい。動物なら豹で。風とか雲とか、自由で……でもちょっとくびきを感じるなあ。セイバーは金色の……ライオン? 勇ましくて雄々しくて、だけど百獣の王ってだけあってどーんと優しいの。女の子にごめんね。あと、バーサーカーは――怒られるかもしれないけど、大ーっきな樹。大樹。こう自然満載の人の踏み入らない山でもいいな。最後にアーチャーだけど……あのひと掴みにくいんだ。溶鉱炉の鉄みたいな、逆に乾いた荒野みたいな感じで――でももっと適切な表現があるような気がするなあ、まだ見つけきれないんだけど」 一息に。 これまで感じた、彼らのイメージを告げてみる。 子供みたいなこと云うんじゃないわよ、って怒られるかなと思ったけど、 「――へえ。やっぱり感度はのほうが高いんだ」 と、逆に感心したような声を出されてしまった。 それから遠坂さんは士郎の持ってる本を示して、 「それね、まあ士郎には見てのとおり――サーヴァントの情報を表示するための媒介みたいなものかな。書いてあるんじゃなくて、脳裏に映し出すの」 「あー、それで見えたり見えなかったり」 「一人前の魔術師には要らないんだけど。ま、役に立ってよかったわ」 うん、まあ、遠坂さんは一人前の魔術師ですから。 「でも――わたし、魔術師じゃないよ」 「それ補って余るくらい、感応力が高いんでしょ。霊体化したサーヴァントの気配や愚痴に気づくあたり、人の限度を越えてるわ、それ」 あ、その本は持ってていいから。 さらりと告げられ、士郎はひとまず本を脇に置いた。 しかしカードゲームみたいに見えたって……投影で一からことこまかに理論構築しちゃってる士郎の性格に、なんとなくマッチしてるかも。 「知り得た情報が増えるたび、見れる項目が増えていくわ。たまに確認してみるといいかもね。は――わからないだろうから、士郎に教えてもらいなさい」 「はーい」 なんだか、学校で授業受けてるみたいだ。 頷くわたしを満足そうに見て、遠坂さんは士郎に目を向ける。 「で、士郎。スキルがどういうのか判った?」 「あー……うん、なんとなく」 「オッケー。あ、細かいことは云わなくていいわ、知ってるし。ランサーやセイバーがどんなスキル持ってるのか判ったでしょ?」 「ああ、なんとなくだけどな」 なんとなくを強調する士郎の服を、ちょんとつついてみた。 「……士郎。あとで教えて」 「おい、……俺のマスターなんだから俺に訊け」 ぱたぱた。 肩を落として力なく手を振るランサーに、そういやそうかと思い直す。 だって、話の流れからこうなっちゃったんだもん。 「じゃ、話を戻しましょうか。バーサーカーの真名だけど……あれ、ギリシャ神話最強の怪物、ヘラクレスよ」 「――――は?」 真名がヘラクレス、ですか? バーサーカーって名前じゃなく? 「……真名は真名、クラスはクラスよ?」 呆けたわたしたちの問いに、遠坂さんはまたも疲れた顔になる。 「あんたたち、まさか“セイバー”とか“ランサー”が本名だって思ってないでしょうね」 「……思ってた……」 「――ああ、だからセイバーはセイバーなのか!」 がっくりうなだれるわたし、その横で手を打ち合わせる士郎。 うーむ、無知きょうだい。もとい無知蒙昧。 「ああああああああぁぁぁぁ。」 そのあまりのおばかさんっぷりに、とうとう遠坂さんは頭を抱えてしまった。 「セイバー、ランサー。パス。せめてあと真名と宝具のことだけでも教えてやって」 突っ伏したままそう云うなり、彼女は立ち上がる。 いつの間にか空っぽになってた湯飲みをわたしにずいっと差し出して給仕依頼。 あわあわと注ぎ足したそれと、そういえば居間にきたときからすでに出してあった茶菓子を持って、遠坂さんは縁側に移動してしまった。 その「これ以上疲れさせたら張っ倒す」との描き文字も雄々しい背中に声はかけられず、わたしと士郎はいそいそと姿勢を正してランサーとセイバーに向き直った。 相変わらず片肘ついたままのランサーは、ちらりとセイバーを見る。さっきから黙してお茶菓子をぱくついてた彼女は、ちょうど、食後のお茶を飲み干したところだった。ついでなので注ぎ足してあげる。と、至福ちっくに微笑まれてちょっと嬉しい。 少し名残惜しげに湯飲みを戻し、セイバーは真っ直ぐにわたしたちを見た。 |