- 「それでは、先に真名のことから説明しましょう。――英霊とは過去の英雄、当然、彼らには彼らの持つ名がある。セイバーやランサーというのは、聖杯戦争にて与えられた役割の呼称に過ぎないのです」 「ああ、だからバーサーカーがヘラクレス……そか、英霊ってそういうものだったね」 「はい」 静かに頷くセイバー。その仕草は、とても彼女が昨夜のバーサーカーと渡り合ったとは思えないくらい落ち着いてた。 「――で、だ。俺たちにも当然真名があるわけで、これはマスターには最低限教えなきゃいけねえ情報なんだが……」 そう云いかけたランサーは、だが、でことばを切ってちらりとセイバーを見た。セイバーは、さらに視線を遠坂さんの背に飛ばす。 ふたりの視線に気づいたのか、タイミング的にそうだと思ったのか。こちらに背中を向けた遠坂さんは、昨日の金色のひとめいた動作で手をひらひら。気にするなって合図。 「申し訳ないが、シロウにもにも私たちの真名は秘密にさせておいてもらいたい。聖杯戦争が魔術戦である以上、抗魔力面に期待のできないあなた方では敵マスターに思考を読まれる可能性もありますから」 それが、遠坂さんのことだけを云ってるんじゃないのは判る。イリヤスフィール、そしてまだ顔も見てないマスターたち。……あ、神父さんの顔は見たか。旧だけど。戦争に参加するくらいなんだから、彼らの魔術はきっと一流。三流へっぽこの頭なんて、読もうと思えばさっさと読めちゃうに違いない。 ――抗魔力。 文字どおり、自らを対象とした魔術に抵抗する力。魔術回路の構成とか大源の読み取りの鍛錬しかしてない、おまけに外敵と戦ったことさえないわたしたちは、そんな能力を鍛えようなんてあんまり思ったこともなかった。だから、その抗魔力が、セイバーたちの云うとおり、きっと絶望的なまでに低いんだろうってのは納得。 うーん、でも、 「真名がばれると何かまずいのか?」 「まずいも何も。英霊ってのは英雄だからな、真名がばれりゃ芋づる式に宝具から弱点から判っちまうし、調べられちまう」 「……有名人ってたいへんだね」 「……。昨日から気になっていましたが、あなたは……シロウもですが、ふたりともどうしてそうのほほんと――――」 ため息ついてお説教に入ろうとしたセイバーを、ランサーがつつく。 「そりゃ後回しにしてやれや。あっちの嬢ちゃんを待たせてるの忘れるなよ」 手早くすまさねえと、昨夜の魔弾再びだぜ? 「魔弾?」 「私の持ってる魔術よ。それはいいから、次、宝具」 首をひねってこっちを向いた遠坂さんは、なんだか、教員研修生の授業を見守る本職教師のようである。 美味しそうにお茶をすすってるところを見るに、ランサーとセイバーの解説は彼女にとって及第点ってとこなんだろう。……三人ともある意味本職なんだから、当然って云えば当然か。 そうですね、と首を傾げながらセイバーが頷いた横で、ランサーが、卓袱台についてた肘に重心をかけて身を乗り出した。 「んじゃ宝具だな。これはまあ、その英雄にゆかりのある武装のことだ」 「それぞれの英雄は、最低でもひとつの宝具を所持しています。勿論、これはそう手軽に出せるものではありません。伴う魔力消費もそうなのですが、発動にはその真名を口にせねばなりませんから」 「で、宝具は英雄と対になってるからな。使った上に名前云えば、そりゃあ正体もばれるってこった」 つまり、宝具っていうのはポーカーでいえばジョーカーみたいなものらしい。 そうそうお手軽にまわってくることはないけれど、一枚あればそれまでの配札次第でロイヤルストレートフラッシュだって夢じゃない。もっと噛み砕いちゃうなら、ヒーローものにある必殺技ってやつ。 なんだかかっこいいぞ、うん。 ……でも、ちょっとひっかかる。 「はい、ランサーせんせー」 「おう。なんだ?」 しゅぱっと挙手。応じてくれたランサーに向き直って、質疑応答の時間です。 「昨日バーサーカーと戦ったとき、何か名前云ってたよね? たしかむごむごむご」 質疑はともかく応答はなし。 ――うむむ、さすが神速。 目の前に蒼い残像残して移動したランサーは、あっという間にわたしを羽交い絞めにして口を押さえてた。 「云った傍からばらしてんじゃねえっ」 「えー。でも士郎だって聞こえてたでしょ?」 「ああ。たしか“刺むごむご」 今度はセイバーが動いた。 ランサーほどじゃないって云っても、やっぱり英霊。本気になって動かれたら、わたしなんかの目で追えるものじゃない。 「シロウ! アーチャーのマスターがいることを忘れたのですか!?」 があー、と士郎の耳元で怒るセイバー。 ……んだけども。 セイバーって昨日の鎧じゃなくて、普通の恰好だから。その。背後から士郎を押さえ込んで口ふさいでると。健全な青少年には刺激的なものが、士郎くんの背中に当たってると思うんだけどなー。 そしてそのとおり、士郎ってばセイバーに怒られてることよりも背中の感触が気になっちゃうらしい。目がお魚。かつ顔赤い。 うんうん、健全だね我がきょうだい。 ……なんて。思ったのがまずかったんだろうなあ。 わたしもわたしで、とたんに、背後のランサーのことが気になりだしてしまったのである。 だって、昨日見ちゃったし。ナマ。 ランサーって、あんまり厚着するの好きじゃないんだろうか。春先に着るくらいの洋服を選んだらしく、がっしりした腕とか胸板とかかなり、その、密着してまして、ってそりゃ羽交い絞められてるんだから当然なんだけど、ってうわーん、わたしも無駄に健全じゃないかー! 「、どうした? 顔が赤いぞ?」 絶対判っててやってるに違いないぞ、こやつ。 肩越しにわたしを覗き込んで、ランサーは至極楽しそうな表情になってくれやがりました。あまつさえ腕の位置を動かして、羽交い絞めっていうより抱っこしてるって感じに体勢を整える。 ……って、だからやるなって云うのに……! 「おい、セイバー。あんまり怒ってやるな、坊主が知恵熱出してるぞ」 「え? ――む、たしかに。シロウ、急な話ばかりで疲れましたか? 魔術師といえど人間なのですから、休養が足りないのなら少し間を置いても構いませんが」 「ちちちちちっ、違うから違うからセイバー! それ以上くっつかないでくれ置いてくれるなら距離を切望するっ!!」 からかうランサーのことばを真に受けて、セイバーが士郎を覗き込む。当然身体はますますくっついて、哀れ、きょうだいはますます顔を赤くして前後不覚のおおあわて。 でもさ。セイバーの場合、悪気がないからまだいいっていうか……士郎にとってはよくないんだろうけど。 逆にランサーの場合、 「うん、ちまっちいからどうかと思ってたが、なかなか抱きごこちいいな」 「いやあのランサーさん。お願いですからひとを膝の上に引きずりあげて抱きこんであまつさえ脳天に顎おいて落ち着かないでください」 ……めっちゃ、悪気(?)ありまくりだし。 「いや、本当にこれはこれでなかなか……」 などと、なんだか本気で落ち着き始めた槍兵の頭上を、 ――――しゅごぉッ! プロ野球のピッチャーなんて目じゃないぜ、ばりのコントロールと球速を伴って、昨夜見た魔弾が通り過ぎた。 「……ダメね」 なんと庭を眺めたまま後ろ手に魔弾を放った遠坂さんが、硬直したわたしたちを振り返る。 ――――いや、もう、なんと申しましょうか。 春の陽射し溢れる野原に違和感なく溶け込む東北名産ナマハゲとでも申しましょうか、そんな素晴らしい笑顔でわたしたちを均等に眺めたあと、 「――なんで、こう、あんたたちに任せとくと毎度毎度話が脱線しまくるのよ――――ッ!?」 ――あかいあくまは、雄々しく咆哮されたのでした―― ああ、蛇足ながら追記しておくと。 マシンガンのように放たれる遠坂さんの魔弾と、それと同時にしてくれた諸々の解説に、わたしたちは文字通り、宝具とか真名とか自らサーヴァントの真名をばらしたイリヤスフィールの自信のほどとかそのバーサーカーの強力さや宝具とかを、身体に叩き込まれることになったのでした。 これもひとつのスパルタ教育。 ……身体が保たなくなるほうが、きっと絶対早いけど。 |