- あかいほのおとあかいそら、くろくただれただいちとおせんされるせかい。なげきのこえはそこかしこから、えんさのこえはなおつよく。 「――――!?」 あつかった。 くるしかった。 あつい、くるしい、たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけてくるしいよ―――― たくさんのこえを、それをはっしてただれかのよこを、まえを、■■■■はあるきつづけた。■■■■ははしりつづけた。 だって。 そうしなければいけないとおもった。 こえにこたえることができない■■■■は、こたえなかったぶんだけいきのびなければうそだとおもったんだ。みずからのいのちをあきらめた■■■■は、このさきに、いきぬけてくれるだれかをみつけなければうそだとおもったんだ。さいごにみあげたそらはとおかった。さいごにみあげたそらはちかかった。もちあげたてをとってくれたおとこ。たおれそうないしきをささえてくれたうで。なきだしそうにわらってたおとこ。ちかえよとつよくのべたこえ。 “誓えよ” 記録。■■■■■の記録。 知っている。 ■■■■■は、この眼とこの声を知っている。 記憶ではない、ただの記録。 いつ見たのか、いつ相対したのか。そんなものは記憶に残っていなかった。ただ、この眼とこの声を持つ男は、彼の記録に残っている。 知らない。 ■■■■■は、この眼とこの声のそんなやりとりを知らない。 記録にも、そして磨耗した記憶にも、そんなものは残っていない。感じるこの大きな違和感は、記録も記憶もこの風景を自分のものではないと判っているからだ。 あかくたぎるせかい。 くろくのろわれるせかい。 そのただなかを、かけぬけた。 ――いや、歩いたのではなかったか。走る体力など、残ってはいなかったはず。 かけぬけた。 はしってはしって、たどりついた。 ――辿り着いてなどいない。辿り着けずに倒れたのだ。 そこにいたのは、 ――違う。これはオレのものではない。 きんいろの ――これは衛宮の記憶だ……! 弾かれたように、跳び退いた。 目を合わせていたのがまずかったのだと、悟ったのはその直後。大源に紛れたサーヴァントでさえ見つけ出せる彼女の感応力を、自分は甘く見すぎていたのだと。 その彼女は、ぽかんとアーチャーを見つめていた。 放心している。 それは、たった今何かの衝撃を味わったが故だろうか。 「――――!」 零れかけた舌打ちを、必死で抑え込んだ。 が。 「……アーチャー?」 きょとん、と、彼女は首を傾げた。虚空を見ていた双眸は、ちゃんとアーチャーに焦点を結んでいる。浮かべた驚きは、彼が急に距離をおいたことへのものであるようだ。 その証拠に、後退したアーチャーへ伸ばそうとした手をひたりと止めて、 「……もしかして、変なもの見た?」 だったらごめん、と、申し訳なさそうにそう云った。 「…………」 少し荒げていた呼吸を、慎重に整える。 こちらにはあれが見えて、あちらは何も見えなかったのか。それはそれで、少し後ろめたいような気がしたが。 「変なもの、とは?」 自ら離してしまった距離を、今さら縮めるのはバカバカしかった。 が、彼女のほうは何ら思うところもないらしい。彼がその場から動かないのを見ると、少し躊躇する素振りを見せたあと、四つん這いになって近寄ってくる。 止めるのは、なおバカバカしい。 黙って見守るアーチャーの傍、けれどさっきよりほんの少し距離を空けた場所に、彼女はすとんと腰を落ち着ける。それから、ほんの一瞬視線を彷徨わせ、口を開いた。 「……赤い空とか、真っ黒い月とか。……死体とか」 ――ああ。 それはまごうことなき、■■■■■の記憶でもある。 ――それでは。 彼女が衛宮士郎のきょうだいになったのは、あの火事によって焼け出された孤児の、ひとりだったからということか? だが、それはおかしな話だ。 ■■によって引き起こされたあの火災において、中心となった地区での生き残りは■■■■一人だけだったはず。 ……おかしな話だ。 事象がひとつであるわけがないというのに、何を拘っているのだろう。 この聖杯戦争の第一歩からすでに起こっていた、いくつかの相違。 いや、衛宮士郎が衛宮士郎となったあの夜より、すでに食い違っている記憶と事実。 ――認めよと。 ■■■■■となった者が歩んだ道にいなかった、シラナイダレカが目の前にいるという、この世界のこの現実を。 ――認めろと。 ■■■■■となったはずの者は、この世界において、いやさ別の何かを得ようとしているのだと。 叫んだ声を、聞いた。 昨夜訪れたあの教会で、きょうだいが怒鳴る声を、彼は聞いたのだから。 いつか誰かが否定できなかったあの言葉に対して、真っ向からそれを行ったきょうだい。衛宮士郎とシラナイダレカ。 ――認めようと。 出来ないのは、――ただの八つ当たりだと判っていても。 “否”。 認められるわけがない。 あれは■■■■■を目指さなければならない。そうでなければならない。そうしてオレに弑されなければ、オレが弑さなければ。それが出来ないのなら、オレは――――オレが。 ああ。 そのためにはやはり、このシラナイダレカに死んでもらわねばなるまいな。 「ごめんね」 「……む?」 もう一度、彼女は謝罪した。 「あんまり見て気分のいいものじゃなかったでしょ。――だから、ごめん」 あれを見ていい気分になりそうな者など、極小数しか思いつかない。ましてアーチャーにとっては、光景以上の重い意味を持つものだ。 が、 「気にするな、慣れている」 つい、と視線を逸らして、ただそれだけ応じた。 それは嘘ではない。英霊として――守護者として、世界の終わりなど何度も見てきた。あれと同じ、またはあれ以上の光景など星の数ほどに見てきて、これからもきっと見ていくのだから。 安堵と共に疑問符を浮かべた少女を、さして感慨も覚えず盗み見る。 そのダレカは疑問符を解消するべく、なおアーチャーににじり寄ってきた。 「慣れてるって、どうし――」 て、と。 最後まで紡ぐその矢先、 「何やってんだ、密会か?」 「ら、らんさー!?」 ひょっこりと、蒼い槍兵が、ダレカの背後に出現していた。……さすが神速。 あわわわわ、唐突なそれに彼女は大慌て。体勢を崩して足を滑らせ落下しかけたところを、忠実なサーヴァントはしっかりがっちりキャッチする。 「なんだ、気づいてなかったのかよ」 そんなに、アーチャーとの話が楽しかったのか? む、と拗ねるような口調。本気で責めているわけではあるまい、単に己のマスターの反応を楽しみたいだけだろう。 「ち、違う違う! 背中に注意払ってなかっただけっ!」 「注意力散漫だな。昨夜は背中に立っただけで反応してたってのに」 「あれは命がかかってたから!」 だいたい、普段はあんまりそういうの鋭くないんだい。 うがー、と、ランサーの指摘にそうがなるダレカは、うん、まあ――からかって楽しい相手であるに間違いはなさそうだ。だから、さっき、アーチャーもつい調子に乗ってしまった。凛は倍返しが大きいし、セイバーには今のところ敵視されているし、……衛宮士郎やランサーにそうするなど、論外ではあるし。 などと思いながら槍兵とダレカを眺めていたのだが、――ちらり。赤い双眸が、なんとも微妙な含みを持たせてアーチャーを見た。 ――やらねえよ。 ――………… 実に子供じみた挑発に、ハ、と口の端を持ち上げるだけで応じる。 ランサーの気持ちも判らないでもないが――なにしろ、どこぞの外道麻婆からマスター移行という快挙を得たのだから――、なんで自分が挑発されねばならんというのか。 「そうそう、それでな。あっちのお嬢ちゃんがに話があるってよ」 「わたし?」 「おう。それから――と、待て待て待て、落ちたらどうすんだ」 いそいそと屋根から木の枝に伝おうとしたダレカの腰をがっちり捕まえて。飛び下りるべく体勢を整えながら、ランサーはアーチャーを振り返った。それは先ほどと同じ仕草。 だが、そこに漂う気配の剣呑さは、雲泥の差。 それ以上は何も、明確な形としての示唆はない。むう、と仏頂面ながら大人しく抱えられたダレカを抱えて、ランサーは屋根から飛び下りる。 「……やれ、気づかれたかな」 嘆息。 気づかなかった不甲斐なさを責められるべきは、ダレカではなく己であったか。おそらくは声をかけるより前からやりとりを見ていたのだろう蒼い槍兵の視線の意味を思い、アーチャーは、もう一度ため息をついた。 ……さて。 どうやって、ダレカを殺そうか―――― |