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 単刀直入に訊くわ、と、遠坂さんは云った。
「な、何?」
 さっき魔弾で荒らされたのが嘘のように、きれいに復元された居間で、わたしと士郎、ランサーとセイバー、それから正式に同盟を受けてくれた遠坂さんと、向かい合ってのことだった。
 真剣なまなざしのそのことばに、わたしは、思わず生唾ごくり。
 自分がそうされてるわけでもないのに、士郎も緊張してるみたいだ。
 そんなわたしたちを見て、遠坂さんはただ一言、
「ランサー捕獲の経緯を教えてちょうだい」
「おい。俺は鳥か獣か」
「そんな上等なもんですか。人を見かけて突進してきたあたり、猛牛よ猛牛」
「「「……」」」
 遠坂さんのことばに、他三名は思わず顔を見合わせた。
 そのうち二名の脳裏には、昨夜の校庭の光景が思い出されてる。
 夜闇のなか、前進を狙って繰り出されてた槍と、それを裁いてた双剣――赤い弓兵。

 オ・レ!!

 いやいやいやいや、アーチャー闘牛士違うから。色的にはオッケイだけど。
 同じ理由でだろう、遠い目になった士郎の横、セイバーも興味深げに身を乗り出してきた。
「私も知りたい。本来、サーヴァントを他人に譲るなど易々と出来ることではありません。は、どのような魔術を用いてランサーを奪ったのですか?」
「おいおいセイバー、いくらが情熱的に俺を求めたからって、そんな略奪愛じみた言動は」
「あなたは黙っていてください」
 ……ランサーって、なんで、こう、人をおちょくるのが好きなんだろう。
 おお怖、と、ちっとも怖がってない表情でひっこんだランサーを軽く睨みつけ、セイバーはこちらに視線を戻す。
 あきれた顔でやりとりを見てた遠坂さんも、同時にわたしを振り返った。
「――別に、好奇心だけじゃないのよ。ただ、あなたたちの特性を知りたいの。士郎は強化の魔術っていうから後ででも見せてもらうつもりだけど……は魔術師じゃないんでしょう?」
「あ……う、うん」
 そっか、掃除の合間に話してたのかな。
「だからとりあえず、話を聞こうと思ったわけ。あなたがランサーを捕獲した部分に、あなたの特性、能力の手がかりがあるかなって」
 ちらり。横のランサーを見上げる。
 視線に気づいた槍兵は、いいんじゃねえの、と目を細めた。昨夜反対したのが嘘みたい。
 と、そのランサーから補足が入った。
「それに、俺もちゃんと知りてえしな。――昨夜のアレ、もしかしたらもしかするぞ」
「もしかしたら、って?」
「いや、まだ予想――俺の方はの話を聞いてからだ。嬢ちゃんは判ってそうだが」
「え? ――ええ、まあ一応ね……」
 水を向けられた遠坂さんは、考えてみたらこのなかで唯一のれっきとした魔術師だ。ランサーのことばに、首を傾げながらだけどそう頷いた。
 にしても……なんだか、屋根に登ってる間に仲良しになってないか。
 ちゃんと同盟って形が出来たからだろうか――それに、ランサーって遠坂さんのこと気に入ってるみたいだし。相手をからかうのって、彼なりの親愛の証明な気がするし――
 ……む。なんだかもやもや。
「――――」
 首を振って、もやもやを撃退。
 気乗りしないのか? って覗き込んできた士郎に、だいじょうぶ、と、同じ仕草で応える。
 それから、質問の主である遠坂さんと――まだ事情を知らないセイバーを、視界に入れた。
「えーと……」

 まずは昨日、士郎とストーブの修繕を終えた後のことから。
 校舎から出たこと、寒気と殺気を覚えて校庭に走ったこと。
 そこで、ランサーとアーチャーの戦いを見たこと。
 気づかれて、逃げ出したこと。
 追いつかれて、士郎が心臓貫かれたこと。

 ……ランサーの槍を分解しようとしたら、どうやら、それより先に、外付けの魔力――マスターの証である令呪を分解してしまったらしいこと。

「…………」

 話が進むにつれて、ランサーにセイバー、遠坂さんの表情がどんどん難しく――なんてレベルじゃない、厳しく、鋭くなっていった。
 別に、わたしが睨まれてるわけじゃない。3人は思い思いの姿勢、腕を組んだり顎に手を当てたり、で、じいっと視線を下に落として自分の中に没頭してるようだ。
 それでも、時折質問はきたから、こっちの話は全部聞き取ってもらったと思って間違いはないみたいだけれど。
「ごめん」
 と、誰より先に士郎が口を開いた。気分が悪いのか、胃のあたりに手を添えて。
「俺が頼りなかったから、おまえまで危険な目に遭わせちまった」
「――っ、そ、そんなことないよ!」
 自責の念も強いそのことばに、わたしは動揺。勢い余って立ち上がりながら、ぶんぶんと腕を振り回す。
「でも、一部だけでも抜け出してたんだろ。あの状態のおまえって、本当に敏感じゃないか。痛みなんて俺の比じゃなかったはずだ」
「……そ……そりゃあ痛かったけど、夢中だったから、そんな感じてなかったよ」
 あのときは、本当に、士郎を早く病院に連れて行かなくちゃって必死だったし。
 喉元過ぎれば熱さ忘れる、とはよく云われてる諺だけど、うん、そのとおり、今となってはあの痛みを思い出せって云われてもきっと無理。ああ痛かったよなあ、って感じで、だから、士郎にそんな顔されてしまうと逆に申し訳なくなってしまう。
 だいたい、士郎だってあのとき死にかけてたんだし、痛みって点じゃどっこいどっこいだったと思うぞ。
「――それに、わたしは結局士郎を助けられなかったし」
 戻ったら、士郎はとっくに元気になってた。それが誰の仕業だったのか未だに判らないけど、わたしが何も出来なかったのは確実で……そのことを思うと、落ち込んでしまう。
 けど、今は落ち込んでる場合じゃないんだな。
「だからお互い様だよ。――あの夜のことは」
「……ん。これからは守る。セイバーも、遠坂も」
 見た目固そうなくせに、その実、士郎の髪はちくちくしてるわけでもなく、結構気持ちいい。そんな頭をぽむぽむとなでてそう云うと、きょうだいは――苦笑ながらも、やっと、表情をやわらげてくれた。
「うん。がんばろう」
「守るって……と坊主が俺たちをか?」
 そこに、ちょっとあきれた顔でランサーが口を挟んだ。
 ……う。そりゃあたしかに、昨夜のバーサーカーとの戦闘じゃ、わたしたちお邪魔どころか路傍の石レベルだったけど。
 同じ人間である遠坂さんは、この場合論外。彼女は魔術師で、戦闘時にもちゃんと動けるマスターだ。昨夜だってきりっとして、アーチャーに指示を出してたんだから。
 で、その遠坂さんは、セイバーと一緒にまだ黙りこくってる。示し合わせてるわけでもないんだろうけど、むーっと寄ってく眉根はこれ以上ないってほど。
 そして、先に復帰したのはセイバーのほうだった。
「魔力の分解と還元――話を聞く限りでは、魔術の領域に思えるのですが……」
「でもは、魔術回路は使ってないぞ」
 彼女のことばには士郎が返答。
 魔術の修行をと切嗣にねだったときから一緒だったきょうだいのことばに、嘘はない。それに、わたしだって、自分の身体に魔術回路が形成できないことくらい判ってる。どんなに意識を集中して取り込んだ大源を魔力というものに精製しようと思っても、それらはいつも、水の中を泳ぐお魚のようにすかすかと通り抜けてってくれたのだ。
 たとえば、川で暮らす、淡水魚のわたしがいるとする。海水を飲みたくなって、淡水からそれを精製しようとしても、出来ないのだ。淡水に塩を加える機構を他の魚こと士郎は作れるのに、わたしは作れない。それどころか、他の魚が作って渡してくれた海水を、淡水に戻してしまうのである。
 淡水とは大気、世界に満ちるそのままの大源。
 海水とは魔力、魔術師によって加工された大源。
 大源を取り込む点において、わたしは士郎より遥かに容易にそれを行えると思う。でも、それを魔力に加工することは、どうしても出来ない。
 ……だから、士郎の少ない魔力量を補助するような役にも立てないのだ。わたしの取り込む大源は大源のまま、この空櫃を満たすだけ。それが満杯になったとき、この意識を押し出す手伝いをしてくれるだけ……

「あれ? でもそれだと、なんでランサーに魔力が行ってるの?」

 自身の特徴を思い返して、ふと、そんな疑問が浮かんだ。

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