- 赤い空。 黒い月。 灼き尽くされる世界、それを塗りつぶしていく呪いの泥。 ……あんなものが、聖杯を求めた先に出現するっていうのなら。 わたしたちは、なんとしてでもそれを―― ぎゅ、と士郎に抱きついた。 後ろから首根っこを捕まえるわたしの腕を、士郎の手がぽんぽんと叩く。 「がんばる」 「ああ。がんばろう」 この身は小さく、そして弱い。 眼前のランサーとセイバーが本気になれば――ならずとも、一息で飛ばされる儚い人の器だけれど。 歩みが零にならないかぎり、わたしたちはがんばれる。 「解せねえな」 む、とランサーが首を傾げた。 「なにが?」 「いや、なんかおまえらの話を聞いてると、相当なもんだったんだろうなって思うんだが――そんな魔術や宝具なんぞあったっけか、と」 「……うーん」 云われてみればそのとおりだ。 放火魔が同時多発犯行に及んだわけじゃあるまいし、何よりあの赤い世界には、すべてを呪わんとする黒い魔力が存在してた。 そもそも、あんな炎を生み出す魔術があるかどうかも怪しい。宝具は全然詳しくないけど、でも、確実に事後処理が大変だと思われるあんな災害引き起こす魔術師なんて、いるだろうか。――時計塔から睨まれるだろうことくらい、判ってただろうに。 まあ、それほどのことしてまでも、って思ってたなら、話は別なんだけど。 「――難儀だな、おまえたち」 わたしと士郎の肩を軽く叩いて、ランサーが云った。 「掘り返してみりゃ、前回の聖杯戦争から関ってたってことか。――何かの因縁があったのかもな」 「……因縁ねえ」 そもそも、あの大火の中を生き延びられたのがすでに奇跡、そして因縁。 士郎は切嗣に、そしてわたしは―――― ふとランサーが動いた。 ひょいっとわたしの襟首をつかんで、自分の腕のなかに落っことす。ってちょっと待て。 「ランサー、せめて一言云ってから持ってってくれ」 って士郎もちょっと待て。 「何、気持ちよさそうだなーって思っただけだ。今までのマスターんとこは女っ気なかったからな」 ああやわらけえ気持ちいい―― ご満悦のランサー氏。頭に当たってる固いのは、彼の顎なんだろうか。なんだろうな。 ふう。と、ため息一つ。 なんかもう、慣れた。っていうか諦めた。 別にそれ以上なんかするような素振りもないし(真っ昼間からされたら困る怒る殴る)、経過はどうあれランサーは命の恩人だし―――― あ。 「セイバー」 「はい?」 セイバーは、わたしが話しかけるまで、じいっと手のなかの湯飲みを見つめていた。 さっきの話のせいだろうか、でも記録だっていうのならそれこそ他人事なんだし、そこまで何か思い詰めたような顔する理由、他になにかあるのかな。 「なんでしょうか、」 穏やかに、セイバーは云う。 「あ、うん。あの――あのね、セイバーの記録に、火事の中のこと残ってる?」 「え……ええ、まあ、いくらかは」 「じゃあ――ええと……もし、もしもなんだけどね。たぶん確率低いだろうなって自分でも思うんだけどね」 しどもど、挙動不審。 ランサーに抱え込まれていなかったら、両手うごめかして頭メトロノームでかなり怪しい物体が一匹出来上がってたはずだ。 「その……あの日――――」 ピンポーン 「「……………………」」 意を決したその瞬間、のどかなチャイムの音がそれを遮った。 「はーい?」 士郎が立ち上がる。 「? 話というのは――」 ぐずぐずと崩れたわたしを、セイバーがちょんちょんと突っついた。 ううん、と、かぶりを振って起き上がる。 「なんか気が抜けた……また今度でいいや」 「だな。真面目な話ばっかじゃ気が詰まる」 「はあ……がそう云うのでしたら」 お客さんに見られるとまずいだろうからここにいてね、と云いおいて、わたしは士郎の後を追いかけた。 廊下の角を曲がったところで待っててくれたきょうだいと一緒に、ある程度の間隔を置いて連打されてるチャイムのとこ、もとい玄関に走る。 歩幅もペースも違う二人分の足音は、微妙に揃わない不協和音。 ピンポーン、ピンポーン、ピポピポポーン とうとう間をおかずしての連打開始。 「はいはいはいはいはーいっ」 それまでわたしに合わせてくれてた士郎が、ラストスパート。 悔しいから、せめてわたしも全力ダッシュ。――その目の前で、がらり、と、士郎の手によって引き戸が開けられた。 「…………」 そして、時間が止まる。 「こんにちは。ってのも変ね。さっきぶり――これでいいかしら」 開いた戸の向こうには、何故か大きなボストンバッグを持って実体化したアーチャーを従えた遠坂さんが、にこやかに微笑んで立っていた。 「これからお世話になります。聖杯戦争の間、どうぞよろしくね――」 |