- そして嵐が巻き起こる。 「「泊まる!? ここに!?」」 「ええ」 「「なんで!?」」 「協力者なら一緒にいたほうが都合がいいでしょう。まとまってればたしかに襲撃側の手間も省けるだろうけど、迎え撃つこっちの戦力も手間も有利だわ」 「「だからってそんないきなり!!」」 「聖杯戦争自体あなたたちにとってはいきなりでしょう。いきなりが一つ二つ増えたくらいで何か支障がある?」 ――同時発生の衛宮きょうだいの攻撃を、あかいあくまはことごとく笑顔で交わしてく。 これは負けますね、と、その背中を見ていたセイバーは思った。 クックック、という笑い声に視線を動かせば、壁に寄りかかってなんとか声を殺そうとしているランサーの姿がある。 ちなみにここがどこかというと、衛宮邸の客間の前だ。 出迎えたとたん凍結した――まさか数時間で戻ってくるとは思っていなかったのだろう、それはセイバーもだが――衛宮きょうだいの横をすり抜けたあかいあくまが、「ここがいいわね」と選んだ部屋。ざっと見るに使われなくなって久しいようだが、なんというか、その迷いのない選び方にセイバーは感服してしまった。 勝手知ったる、どころか知りすぎたる他人の家。 その、むしろ彼女の方が家の主ではないのかというくらいの堂々とした振る舞いぶりに、哀れ、シロウとは気圧されっぱなしだ。 そんなだから、余計彼女に楽しみを提供しているというのは――いや、やめておこう。今下手に口を出して指摘すると、ますますことがこじれる気がする。 「だいたい、セイバーとランサーもこれから一緒に生活するんでしょう。居候があとふたり増えるくらい何よ」 「そ、それはそうだけど……でも、遠坂さんはちゃんと家があるでしょ? 住んであげないと家がかわいそうだよ」 むぅ、とまなじりを下げてが云う。 さすがにそれは予想外の反論だったか、凛の目が丸くなった。 「また面白いこと云うのね、あんた」 「……そうか? 普通のことだろ?」 「真顔でそんなこと云えるのなんて、あんたたちくらいよ、きっと」 でも、家がかわいそうとかいう問題じゃないのよね。 そう腕組みして、凛は告げる。 「云ったでしょ。あなたたちには、私につりあう実力を希望するって」 それは、昨夜同盟を組む際に凛が出した条件だった。 加えてたしかあとふたつ、“まっとうな”聖杯の出現と、最終的な勝者の決定があった。 ――“まっとうな”聖杯。 彼女のことだから、きっと思考の末にその表現を用いたのだろう。シロウたちとの会話で突き詰めた聖杯の――サーヴァントを殺していくことでのみ現界するという――姿は、人の心にとっては“まっとう”ではないのだろうから。 それを承知してなお、この心は聖杯を求める。 ――求めるのだけれど。 ふつふつと、胸に何かがわきおこるのだ。 あの日、あの炎の海のなかでセイバーに宝具を振り上げさせた最後の令呪――シロウたちを育てたのだというかの魔術師がそれをさせた理由が、もしも、同じだとしたら…… 思考に沈みながららも、セイバーの耳はマスターたちの会話をきちんととらえていた。楽しそうな凛の声は、とくに。 「この聖杯戦争の間、思いっきり特訓してあげるから期待して。少なくとも数日中には“使える”ようにしてみせるわ」 う、と、シロウとが息を飲む。 三流へっぽこと称され反論しないふたりにとって、それは願ってもない申し出だろう。 見る限り、この家には彼らが何かを仕掛けているような魔術的痕跡はない。新しいものでも七年ほど前、感じられる魔力の波動は熟達した者のそれ、となれば答えは必然的に出ようというものだ。 強化のみに特化しているというシロウと、魔術師ではない。 ……勿論、セイバーは彼らを守る。でなければ、何のための剣であり盾だというのだ。 出来ることならば、この家に結界をかけて篭っていてくれている間に、自分が敵を排除しに行くのが一番安全で確実なのだとも思っている。が、それはマスターの方針に著しく反することも、判っている。 ――なにしろ、聖杯戦争のからくりと裏を読み取ろうというのだ。彼らがずんずん表に出て行動するのは、目に見えているではないか。 しかも、と、セイバーはもう一度ランサーを見た。 自分が止めても、横の彼ならきっとシロウたちをたきつけるに決まってる。彼はきっとそういう性格だ、今までのを見て判断した結果。偏見とか云わないように。 ――だから。 「私も賛成します」 そう。だから、せめて。 さっき縁側で躊躇いもなく、とセイバーと凛を守ると云ってのけたマスターが、せめて家族を泣かせるようなことにだけはならないようにと。 ……後付けの理由でも、そう、思ってしまったのだから。 「セイバー?」 「シロウ、。あなたたちは魔術師としての技能も知識も乏しすぎます。彼女がこう云ってくれているのですから、出来得る限りを吸収して今後に備えるのは理に叶うと思いますが」 「そ……そうかも」 意外にも、が先に頷いた。 「!?」 唯一の同士を失ったシロウが、ぎょっとして我がきょうだいを振り返る。 ちなみにセイバーはたった今意見表明したし、ランサーは面白がってるだけだから除外。――たぶんどっちに転ぶか察しはついてるんだろうから。 「何云ってるんだ、! 遠坂をこの家になんか泊められるわけないだろ!?」 「でも、士郎は魔術使いになるんでしょ。切嗣は、基本だけ教えていなくなっちゃったじゃない。遠坂さんみたいな立派な魔術師に師事出来るのっていいことだよ」 孤立無援のシロウを説得にかかるのは、凛ではなくである。 あかいあくまは、自分の仕事は終わったとばかりに扉に背を預け、ほくそえむのみ。――だって、家主の片方が賛成したのだ、きっと目的達成まで後一歩。 「そ、そりゃあ遠坂がすごい魔術師だってのはそのとおりだけど」 「でしょ? いい機会じゃない。それに、このままだと、わたしたち自分で自分の身も守れないし。ランサーとセイバーに負担かかっちゃう」 ……ほら、やっぱり。 こっちに苦労かけまいとする気、満々だ。 「でもなあ、やっぱり女の子を泊めるのは――――」 おそらくこれが、シロウにとっては最大の問題なのだろう。にあれこれ突っ込まれて、ようやっと本音が出たらしい。 「あら」、 と、タイミングを見計らった凛が間に入る。 「それを云うなら、はどうなるのよ。今まで散々一緒に暮らしてきたんでしょ」 「は家族だから、そういうのとは関係ないだろ」 「関係あるわよ。異性同士なんだから、年頃になった姿見てぐっときたりしたことだってあるでしょう」 「……ぐっと?」 シロウはを見下ろした。 はシロウを見上げた。 ふたりはしばし見詰め合い、何故か、周囲の観客もそんな衛宮のきょうだいを凝視する。 ――ふう、とシロウがため息をついて。 ――はあ、とが遠い目になった。 「「ぜんっぜん」」 「……あんたらね」 凛ががくりと肩を落とす。 何気に会話が脱線しかけていることに、果たして彼らは気づいているのか。 だが、その心配は無用だった。 「ははあ。士郎、セイバーと遠坂さんみたいな美人が一気にふたりも増えるから緊張しちゃうんだ」 にんまり、が笑う。 「なっ」 図星をつかれたのか、シロウ、絶句。 その台詞、セイバーには異を唱えたい部分があるのだが、今はあえて沈黙を守る。 己のマスターが折れるまで、きっとあともう少し。 「そっかそっか。士郎男の子だもん、女の子見てどきどきするの当たり前だよね」 「し……してないっ! 断じて俺はそんなことなどしてないぞっ!」 赤い顔のまま、シロウは怒鳴る。 そして、が、それはそれは晴れやかに微笑んだ。 「じゃあ問題なし」 「……は?」 「わたしたちは未熟者で、遠坂さんは熟練者。かつシロウに魔術の訓練をしてくれる。同盟を結んでるんだから、一箇所にいたほうが何かと便利なのも本当だし」 「おい、。遠坂に洗脳されてないか?」 きょうだいの変わり身に、頭が心配になったのだろう。のことばを遮って、シロウがその額に手を当てる。 ……あれで女性に緊張してると云われても、信憑性がないような。 そう、セイバーなどは思ってしまうわけなのだが。 失礼な、と頬を膨らませて、はシロウの手を除けた。 「そんなんじゃないんだよ。――――ただ、なんだかね、今話してて思った。ランサーが来てセイバーが来て、それから遠坂さんとアーチャーがいたじゃない」 それは昨夜の一幕。そして、今朝の途中まで続いて、今また展開されている光景。 「それが、すごく楽しかったなーって」 これにあとふたりプラスされたら、きっと、もう、これ以上ないってくらいだろうな、って。 ……ぱちくり。 とランサーを除いた、全員の目が丸くなる。 胸元に手を当てて、本当にしあわせそうに微笑む少女に、本人以外の全員の視線が集中した。 「あー……まあ、そうだけど」 ぽり、と後頭部をかく己がマスター。 ちょっと待て。 ちょっと待ってほしい。 今、私たちは聖杯戦争に関る話し合いをしていたのではなかったか。凛がこの家に寝泊りするのもそのためのはずです。 そして、聖杯戦争はもっと殺伐と、緊迫した空気のなかで命をかけたやり取りをするものではなかったか。少なくとも私の記憶もとい記録ではそうだったはずなのですが。 ……それが、何故、こんなにほのぼのとした小春日和な雰囲気のなかで展開されることになったのですか……? 「……君は、聖杯戦争を理解しているのか?」 それまでランサーと同じく黙っていたアーチャーが、セイバーの心境を少々辛辣に代弁した。 |