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 ム、と、シロウがアーチャーを睨む――が、すぐに目を丸くした。
 何だろうかとシロウの視線を追ったセイバーも、同じく目を丸くする。
 ……苦笑。
 皮肉なそれとか、嘲笑とか。そんなものしかなかった彼の笑顔の新種発見――そんな気がした。
 仕方ないなと。
 しょうがないなと。
 呆れながらも見守るような、――それは、誰かと誰かがきょうだいを見るときのまなざしに似て。
 同じように目を丸くしたは、そうして「うん」と頷いた。
「理解したつもりだよ。ランサーたちを殺していって生まれる嫌な聖杯とかそのために選ばれたマスターとかそういうのが何回も繰り返されてきたってこととか……前回の果てに何が起こったかとか」
 ――すこうし。胸が痛い。
 何故なら、彼女の云う“前回の果て”には自分も関っていたのだから。……ただの記録なら、こんな思いはしない。ならば何故。答えは簡単。だってこの身は、――――
「でも、きっかけがそんなでも、せっかく逢えたんだから、大事にしたいって思うのは本当なんだよ」
 殺させない。
 壊させない。
「だから。大事なひとたちが傍で笑っていてくれたら、それだけできっとがんばれる」
 ね、士郎。
 そう云ってきょうだいを振り仰ぐ彼女の表情は、他の何を語るときよりも誇らしげだった。
「ん――ま、いいか。合宿だって思えば気も楽だし」
「……聖杯戦争合宿か。なんだかとたんに日常的ね」
 女性二人が増加するという混乱から、やっと抜け出したのだろう。の表情に応えるように、シロウも笑う。
 そんなきょうだいを見て、凛が肩をすくめた。
「じゃあ、今日からお世話になるってことで構わないわね? アーチャー、荷物運びはもういいわ、霊体――――――――」
 こくりと頷くきょうだいの確認をとって、彼女はアーチャーを振り返り。とたん、視界の端に映ったであろう少女の表情を見て、ことばを切った。
「……判ったわよ。実体化させとくわよ」
「凛、いいのか? 実体化させどおしでは、君の負担も大きかろう」
 さすがにマスターの身は心配なのか、アーチャーが首を傾げる。
 が、凛は軽くかぶりを振って、
「まあね、正直効率の面ではどうかと思うけど、家主の意向であることだし――ここも一応霊脈の上だから、街中で24時間実体化させるよりは楽だわ。それに……」
「それに?」
 おうむ返しにつぶやいたを、凛はちらりと見た。だが、それだけ。
「なんでもない。とにかく、特に負担ってわけでもないから気にしないで。戦闘後なんかは回復しなくちゃだから、さすがにしばらく霊体になってもらうけどね」
「ならばいいが。――しかし、そうなると生活人数が一気に増えるぞ。衛宮士郎、一応問うが、この家にそんな余裕はあるのか?」
「見れば判るだろ」
 一応気を遣ってくれているらしいアーチャーのことばに、シロウも幾分そっけなさの減じた口調で返す。
「どうせ、俺たちしか住んでないんだ。部屋は好きなところ使ってくれればいい」

「じゃあ俺、の部屋な」
「では私はシロウの部屋で」

「「なんでさ」」

 さらりと割って入ったランサーとセイバーのことばに、衛宮のきょうだいはそれぞれ、口をそろえて突っ込んだ。
 “なんでさ”って口癖なんだろうか。そんな他愛のないことを考えて、セイバーは、弛みそうになった口元を引き締める。
「シロウ、相手は魔術師とサーヴァントです。夜闇に乗じての襲撃も考えられるし、どんな手段で攻撃してくるか判らない。いざというときに傍にいなくては、守れるものも守れません」
「以下同文。ついでに云えばサーヴァントは睡眠も食事も要らんから、警戒にはもってこいだろ」
 よどみなく告げたことばを、ランサーが後押しした。
 けれども、
「それなら隣室で構わんと思うが」
 ため息混じりのアーチャーの声が、固まろうとしていた衛宮のきょうだいをほぐす。
 こくこくこくこく!!
 紡ごうとしていた反論を放り出し、ふたりは素晴らしい勢いで頭を上下させた。音速に達しているやもしれぬ速さのせいでよく見えないが、必死の形相なのだろう。
 凛は黙ってこちらを眺めている。その表情を見るに、おそらくアーチャーと同意見だと思われた。
 ……ともあれ。
 いつまでも、ふたりに高速前後メトロノームをさせておくわけにもいかないので。
「そうですね」
 こくり、とセイバーは頷いた。
 同じ部屋のほうが守りやすいのは云うまでもないことだが、マスターの様子を見るに、肝心の休息がとれなくなってしまいそうだ。それでは本末転倒。
「えー。つまんねえな」
 ……そう云ったランサーのわき腹を、強めに肘でどつきながら。
 痛えなまったく、と、ちっとも痛くなさそうな表情でぼやくランサーは、意識から外す。
 そも、まったくと云いたいのはこちらだ。戦闘時と打って変わった陽気さには、正直ついていけない。
「そ、そっか。うん、そうしてくれると嬉しい」
 盛大な安堵と共に、シロウがそう云った。
「ランサーもそれでいいよなっ!?」
 それからぐるんと視線を転じ、ランサーに念を押している。
 うん、気合いの入りようが違いますね。などと、庇うように背中に持っていかれたを見て、思ってみた。
 ――ああ、そうか。
「はいはい判った判った。じゃあ、俺とセイバーはと坊主の隣。アーチャーはお嬢ちゃんの隣だな?」
 ――どうしてこの家が、こんなにも暖かく解される雰囲気なのかと問えば、きっと答えはひとつ。シロウとがいたからだ――
「なんで、これだけのこと決めるのに話が二転三転するのかしら」
 つぶやいて、凛が、床に置いていた荷物を持ち上げた。
「まあ、若いうちはこんなものではないのか?」
 などと妙に老成した台詞と共に、アーチャーも扉の向こうに姿を消す――前に。
 つとランサーが動いて、アーチャーに何事かつぶやいた。
 刹那。
 “溺死しろ”――と。
 先刻、居間で。まるでシロウを断罪するかのようだった、あのことば。それを紡いだとき、彼の目にあった色。……その再現を目にしたのは、おそらく、セイバーただ一人。
 凛の姿を飲み込んだ扉は、今にも閉められようとしている。シロウとは顔を寄せ合って、増えた住人のために用意するものを相談している。
 ことばもなく、セイバーは、再び背を向け合った赤と蒼のサーヴァントを凝視した。
「ん?」
 視線に気づいたランサーが、どうしたとばかりに首を傾げる。――白々しい。
「何を話したのです?」
「あー……まあ、男同士の内緒話ってやつだ」
 問えば、この男にしては珍しく云いよどみ、ぽりぽりと、髪の束ねたあたりをかいている。
 その仕草が。
 出来ることなら“今”口にさせるなと云っているようで。
「……そうですか」
 仕方なく、セイバーはそれ以上の追及を諦めた。

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