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prologue03
- そういうのって、あり? -



「あーおーいそら、しーろーいくも、うみねーこがとびーかーう♪」

 調子っぱずれなドナドナ(誰も知らんだろうが)替え歌は、マストの上の見張り台から聞こえてくる。
 船員達の気を抜かしたり、苦笑させたりしている声の主は、その見張り台に陣取った少女。
 タダで乗せてもらうのもなんだから、と見張りを買って出たものの、海は比較的穏やか。
 ついつい、歌でも歌っちゃおう、ってなものである。
「おーい、! そろそろ誰かと代わって下りといでよ! お昼ご飯にしよー!!」
 そんな彼女――に、真下から呼びかける元気な声。
「はーい!」
 答えて見下ろした先には、大きな帽子をかぶり、もっと大きな帽子を背に背負った金髪の少女。
 動きやすい服装に身を包んだ彼女――ソノラももちろん、この船を操る海賊一家の人間だ。
 するするとマストを下りて、ソノラのもとへ。
 入れ替わりに、船員の一人が、それまで彼女のいた見張り台へと昇っていく。
「おつかれ。アニキも待ってるよ」
「先に食べてて良かったのに」
「ううん。客人ほっといて先に食べれるか、だって」
 ミョーなトコ義理堅いのよね、うちのアニキ。
 ため息まじりのことばは、だけどとても微笑ましい。
「ってことは……」
「うん」
 あのヤードって人も、なんとか起きれるようになったみたい。
 だから、客人交えて飯にしようってワケ。
「……やけに回復早くないですか?」
「何云ってんのよ。召喚師は、魔力が戻れば召喚術でぱぱっと治せるじゃん」
「あ、そっか」
 その召喚術を頼りに、界の狭間からリィンバウムへの糸口を見つけた誰かさんとしては、その可能性に気づかなかったというのは少し問題ではなかろうか。
 そう、思ったときである。

 きらきらと、紫の光がと呼ばれた少女にまといついた。
「え!?」
「ちょ、ちょっとどーしたの!?」
 驚いたソノラの声に重なって、もうひとつの声がした。

  ――誓約に応えよ――

 ついさっき、というには語弊があるけれど、最近聞いたばかりの、その声。
 ヤードさんの声だ。
 そう認識すると同時、ふ、と目の前が一瞬だけ真っ白になる。
 慌てたソノラが駆け出すのが、最後に見えた。……たぶん、またすぐ逢うことになるだろう。
 彼女が駆け込んでいったのは船室のほう。
 船室のひとつには、今の声の主がいるはずだ。
 そうして、食事をとろうというからには、ソノラの兄ことこの一家の主、カイルがいるはずで……



「大変、アニキ! が!!」

 バン! と音高くドアを開けて入ってきたソノラが、そのまま声をなくしたのと。
 しっかり名前の刻まれたサモナイト石を持ったヤードと、そそのかしたカイルとスカーレルと。
 それから、光とともに“召喚”されたが、こめかみに手を当てて戸口を見るのは、ほとんど同時の出来事。
「……どうやら、本当に、この石で誓約を結んでしまったみたいですね」
「いや、悪ィ。まさか本気で喚び出せるとは思わなかった」
 まじまじとつぶやくヤードに、両手を合わせて謝るカイル。
「っていうか……こういうの、アリなわけ?」
 ぽかんとしたスカーレルのことばが、割合まともな反応だろうか。
「アリ、なんでしょうねえ」
 他に何も云えず、は遠い目になって、窓から見える青い海を眺めたのだった。
 とりあえず、固まっているソノラに、この事態をどう説明するべきかなーとか、思って――はみたけれど。
 話は至極簡単。
 ヤードの召喚術が暴走したのかなんだか知らねど、ピコリットの代わりにやってきたのがなら、その石はと誓約を交わしたものになるんじゃないかと。
 指摘したのは、果たしてカイルかスカーレルか。
 両脇からの「やってみなさいよ」「やってみろって」コールに負けたのは、間違いもなくヤード本人だろうが。
 で、しょうがなく、ヤードさん、召喚術発動。
 そして喚び出されたさん、甲板から一瞬にして船室に移動。
 そこにソノラが駆け込んだ、と、まあそんなトコ。
 ――説明し終えたあと、全員が全員、とっても複雑な表情になっていたのは、ご愛嬌といえなくもない。

 ともあれ。
 別れるまでは使ってもいいけど、港町についたら二度と使ってくれるなと頼み込まねばならないのは、確定事項だろうな、と。


 “”と『日本語』で刻まれたままの、ヤードの手にあるサモナイト石を眺めて。
 は、しみじみとため息をついたのであった。



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